前回の「お醤油101」の最後に、愛媛県大洲市の梶田商店で伺った熟成期間の話を書きました。巽 濃口を二年ごろで区切る理由の一つに、アミノ酸が増える一方で、「ピロ化」によって別の成分に変わっていくことがある、というお話です。
グルタミン酸などが輪の形に変わってできるピログルタミン酸には、グルタミン酸のようなうま味がありません。ところが、そのピログルタミン酸を端に持つ小さなペプチドには、うま味を強めるものが見つかっています。
熟成で何が増え、何が減るのか。成分の量だけでなく、どんな形で醤油の中にあるかも、味に関わってくるのではないか。グルタミン酸が減るからうま味が減る、という単純な話ではなさそうです。
うちで扱っている醤油を舐めると、塩気とうま味のあとに、味が後ろへ、横へと広がっていく感じがあります。料理に少し使ったときの、味の伸びもいい。あの感じにも、何か関係があるのかもしれません。
今回は、前回予告した「呈味性ペプチド」と「アミノ酸誘導体」の話です。まず研究で見つかっている成分を見てから、季節に沿って長く熟成する醤油の中で何が起きているのか、仮説ベースで考えてみます。研究に裏打ちされた話ではありませんが、こう考えると、梶田商店や東海醸造の天然醸造の醤油の豊かな味わいにも少し説明がつく気がしています。
呈味性ペプチドは、たんぱく質の「切れ端」
たんぱく質は、約20種類のアミノ酸が長い鎖のようにつながったものです。麹の酵素がこの鎖を切っていくと、ばらばらの単体になったアミノ酸や、まだ二つ、三つ、五つとアミノ酸がつながっている短い鎖ができます。この短い鎖がペプチドです。
この「切れ端」にも、味があります。うま味を持つもの、グルタミン酸のうま味を強めるもの、苦味を出すもの。こうした味に関わるペプチドが「呈味性ペプチド」です。味に厚みや持続感を与える「コク味」に関わるものもあります。
アミノ酸が20種類なら、二つつながるだけで、並び方は20×20の400通り。三つなら8,000通り、四つなら16万通りになります。全部が醤油に入っているわけではありませんが、アミノ酸を一つずつ見るのに比べて、考えられる組み合わせは飛躍的に増えます。
さらに、醤油の中では、鎖が切れるだけでなく、アミノ酸の形が変わったり、糖などと反応したりすることもあります。アミノ酸の並び方に加えて、その一つひとつの姿にも違いが出てくるわけです。こうしてできるものが、前回予告したもう一つの成分、「アミノ酸誘導体」です。ペプチドの一部が変化したものもあり、二つは重なるところがあります。
例えば、アミノ酸などと糖が反応してできる「アマドリ化合物」。そして、鎖の端に、輪の形をしたピログルタミン酸を持つ「ピログルタミルペプチド」。どちらも、たんぱく質をただ切り分けただけではできない分子です。
そして、こうした分子のなかには、ごく少量でも味に関わるものがある、というところが今回の話のミソです。
2011年に小川香料の研究者たちが発表した研究では、濃口醤油から、うま味を強める分子が見つかっています。糖が関わるアマドリ化合物と、ピログルタミルペプチドという分子です[1]。どれも、醤油に入っている濃度では、それ単独の味を感じ取れる目安に届いていませんでした。ところが、醤油の味を成分から組み立て直す実験では、それらがうま味の一部を担っていた。
ここで、前回のピロ化の話に戻ります。ピログルタミン酸そのものと、それを端に持つペプチドは、別の分子です。前者にグルタミン酸のようなうま味がないからといって、後者も味に関係しないとは限らない。熟成による変化を、うま味が増えた、減った、だけで考えるのは難しそうです。
しかも、単独ではわからない量なのに、一緒になると効いている。この点も、醤油のうま味を考えるうえで大事なところだと思います。
アミノ酸誘導体は、姿を変えたアミノ酸
酵素が鎖を切るほかにも、醤油の中ではいろいろな反応が起きています。
先ほどのアマドリ化合物やピログルタミルペプチドに加え、乳酸に由来する部分を持つ「ラクトイルアミノ酸」、コハク酸に由来する部分を持つ「スクシニルアミノ酸」も見つかっています。
こうしたものが、アミノ酸誘導体です。名前はややこしいですが、アミノ酸やペプチドが、糖や有機酸なども関わる反応によって、さらに違う分子に変わっていく。たんぱく質がグルタミン酸まで分解されたら醤油造りが終わる、というわけではありません。
では、姿が変わると、味はどうなるのでしょうか。
先ほどの2011年の研究では、調べられたアマドリ化合物は、単独の味がわかる濃度まで上げると苦味や渋味があり、ピログルタミルペプチドには甘味がありました。それでも、これらを合わせて再構成した醤油に加えると、うま味が強くなったのです[1]。
ラクトイルアミノ酸にも、似た話があります。その一つ「ラクトイルロイシン」を調べた2024年の研究では、水に溶かすと酸味や苦味、渋味が感じられました。ところが、グルタミン酸ナトリウムの溶液に加えると、うま味を強め、味に厚みを与えるコク味も確認されています[4]。
苦い、渋いと聞くと、あまりおいしそうではありません。でも、その成分だけを舐めたときの味と、ほかの成分に混ざったときの働きは、同じではないのです。
量も、ごくわずかとは限りません。2013年の研究では、調べた醤油1kgあたり、ピログルタミルジペプチドが合計770mg、ラクトイルアミノ酸が135mg検出されています。スクシニル化されたグルタミン酸も、少量ですが見つかっています[2]。
これらが全部うま味を持つわけではありませんし、含まれる量だけで味への影響が決まるわけでもありません。ただ、グルタミン酸の量に加えて、その周りに何があり、どう組み合わさっているかで、感じる味は変わってくる。量という一本の目盛りで見ていたうま味を、並び方や姿、組み合わせまで含めて眺めると、ずいぶん立体的に見えてきます。
天然醸造の蔵では、何が違ってくるのか
ここまで材料を並べると、妄想がどんどん膨らんできますね。
温度を管理して半年ほどで仕上げる醤油と、季節の温度に沿って一年、二年と熟成させる醤油。原料や仕込み方にもよりますが、この時間の使い方の違いは、できあがる分子にどれくらい影響するのでしょうか。
前回並べた梶田商店の巽 濃口は、二夏、一年六か月以上の発酵・熟成を経て造られます。一方、三重県鈴鹿市の東海醸造の底引きたまりは五年を超えています。種類も造り方も違う二つですが、それぞれの熟成期間のあいだに、どんな成分ができ、変わっているのでしょうか。
あの味の伸びには、ペプチドやアミノ酸誘導体の種類と、その組み合わせが関わっているのではないかと考えます。どう関わるのか、四つに分けて考えてみました。
なお、工場で造る醤油がすべて脱脂加工大豆、小さな蔵がすべて丸大豆、というわけではありません。ここでは原料、温度、熟成期間をそれぞれの条件として見ていきます。
1. 季節によって、分解の進み方が変わる
麹の酵素の働き方は、温度によって変わります。冬に冷えて、夏に温まるもろみでは、たんぱく質の分解も、季節を通じて同じ調子で進むわけではないはずです。
あるペプチドができて、それがさらに切られるまでに時間があく。そのあいだに、別の反応が起きることもあるでしょう。温度を完全に管理した仕込みとは、分子ができる順番や、残っている時間が違ってくるのかもしれません。
ゆっくり造るから切れ端が多く残る、とまでは言えません。でも、同じようにたんぱく質を分解していても、途中の進み方が違えば、最後に残るものも変わりそうです。
2. 丸大豆と脱脂加工大豆では、できるペプチドが違う
前回、原料の違いとして取り上げた丸大豆と脱脂加工大豆。油を残すか、先に抜くかで、仕込みに入る原料の状態が変わります。どちらも蒸すなどの処理をして使いますが、酵素が働く相手の状態は同じではありません。
この違いについては、実際に比較した研究がありました。丸大豆と脱脂加工大豆で造った醤油から、味に関わるペプチドを取り出して調べたものです。両方に共通するペプチドもあれば、それぞれから見つかったものもあります[3]。
これは、そのまま丸大豆のほうがおいしいという証明にはなりません。それでも、原料が違えば、うま味に関わる分子の顔ぶれも違ってくる、という手がかりにはなります。
そこに季節による温度の変化や、長い熟成が重なったらどうなるか。うちで扱う醤油にも、こうした違いが積み重なっているのではないかと思います。
3. 二度目の夏には、反応する材料が変わっている
アミノ酸と糖が関わるメイラード反応は、醤油の色や香りにつながる反応です。温度は、その進み方を左右する条件の一つです。
天然醸造のもろみが夏を越すあいだには、たんぱく質の分解と並行して、アミノ酸やペプチドの姿を変える反応も進んでいると考えられます。
ここで気になるのは、一度目と二度目の夏では、もろみの中身が違うはずだということです。一度目の夏にはまだ少なかったアミノ酸やペプチドが、二度目には増えているかもしれない。逆に、すでに別の分子に変わって減ったものもあるでしょう。
同じ気温の夏が来ても、反応する材料が違えば、できるものは変わる。梶田商店の「二夏」という熟成期間には、そういう意味もあるのではないかと想像しています。
4. 時間がたつと、増えるものも減るものもある
長く熟成させれば、うま味に関わる分子が増え続ける。そう考えたくなりますが、おそらく、それほど単純ではありません。
前回のピロ化の話は、その一例です。ペプチドはさらに分解されますし、できた分子が別のものに変わることもある。どの時点で搾るかによっても、残る成分は違ってくるはずです。
そのあいだには微生物も働きます。原料、麹、もろみの管理、蔵の環境が違えば、反応の進み方や、できる分子の組み合わせにも違いが出るでしょう。
私たちが感じる味の豊かさは、成分の種類が多いことだけでは説明できないのかもしれません。何がどれくらいあって、ほかの成分とどう組み合わさっているか。単独では味を感じない量でも効いていた、という研究を読むと、そこまで気になります。
いつか、比べてみたい
ここまで考えても、うちの醤油の味の豊かさが、これらの分子によるものかどうかは断定できません。今回調べた研究は、梶田商店や東海醸造の醤油を分析したものではないからです。
前回は、造り手によって熟成期間の考え方が違う、というところで話を終えました。今回、成分のほうから考えてみると、同じ年数をかけても、中で起きていることまで同じにはならないのだろうと思います。
グルタミン酸の量だけでは見えないところに、自分たちが好きな味の理由があるのではないか。この仮説は、もう少し追いかけてみたいと思っています。
できることなら、普段使っている醤油を並べて、ペプチドやアミノ酸誘導体をまるごと比べてみたいです。グルタミン酸の量が近くても、ほかの分子には大きな違いがあるのか。それが味の感じ方と重なるのか。
調べてみたら、香りや油脂由来の成分のほうが効いていた、ということもあるかもしれません。いつかこれらの疑問を解き明かす研究も出てくるかもしれません。そのときはまた考え直すとして、今のところは、小皿の一滴を舐めながら、そんなことを考えています。
参考にした研究
- Kaneko S, Kumazawa K, Nishimura O. Isolation and Identification of the Umami Enhancing Compounds in Japanese Soy Sauce. Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry. 2011;75(7):1275–1282.
- Frerot E, Chen T. Identification and Quantitation of New Glutamic Acid Derivatives in Soy Sauce by UPLC/MS/MS. Chemistry & Biodiversity. 2013;10(10):1842–1850.
- Zhu X, Sun-Waterhouse D, Chen J, Cui C, Wang W. Comparative Study on the Novel Umami-Active Peptides of the Whole Soybeans and the Defatted Soybeans Fermented Soy Sauce. Journal of the Science of Food and Agriculture. 2021;101(1):158–166.
- Feng J, Huang Z, Cui C, Zhao M, Feng Y. Synthesis, Taste Characteristics and Taste Mechanism of N-Lactoyl Leucine from Soy Sauce Using Sensory Analysis and UPLC-MS/MS. Food Chemistry. 2024;454:139670.
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ナガハマ88で扱っている醤油
巽 天然醸造丸大豆醤油 濃口 720ml
地元・愛媛県南予産の丸大豆と小麦を使い、二夏、一年六か月以上かけて発酵・熟成させた天然醸造の濃口。
- 生産者:梶田商店(愛媛県大洲市)
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底引きたまり 100ml
五年を超えて木桶の底から滴り落ちる、搾らず火入れもしないたまり。原材料は大豆と食塩のみ。
- 生産者:東海醸造(三重県鈴鹿市)
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