木の桶。国産の丸大豆と小麦。夏を二度以上越す長い熟成。
「伝統的な日本の醤油」と聞いて、だいたいこんな姿を思い浮かべるのではないでしょうか。和食の本や海外の料理番組で紹介される醤油でも、こうした姿が紹介されるのをよく見かけます。

この条件を全部満たす醤油がどれだけあるか、直接示す統計はありません。
ただ、条件の一つ「木桶で仕込む」だけで見ても、推計で生産量の1%前後。
国産原料や熟成期間まで条件に加えると、対象はさらに絞られます。

残りの醤油の大半は、毎年同じ味を、たくさん、手の届く値段で届けることを目指して、効率よく造られています。どちらが良い悪いというのではなく、目指しているものが違うのです。

とはいえ「手づくり」「天然」「本格」「しぼり立て」などなど。世間で醤油を紹介するときには、いろいろな言葉が使われますが、それぞれの醤油の造りがどうなっているのかは、案外分かりにくいものです。

今回は、原料や製法、業界の数字を手がかりに、日本の醤油がどのように造られているのか、その全体像を見ていきます。ナガハマ88で取り扱っている醤油も、その中に置いて眺めてみようと思います。

醤油の分け方:造り方・種類・原料

まずは基本のき、醤油の分け方を押さえておきます。醤油のラベルに書かれていることは、だいたい次の三つの軸で整理できます。

1. 造り方(製法)

製法 どう造るか 出荷に占める割合
本醸造※ 大豆と小麦で麹をつくり、塩水と合わせた「もろみ」を発酵・熟成させる 約90%
混合醸造 もろみに「アミノ酸液」などを加えて熟成させる 約0.5%
混合 本醸造(または混合醸造)の醤油に、アミノ酸液などを加える 約10%

※一般的な濃口醤油を想定

アミノ酸液は、大豆などの植物性たんぱく質を塩酸で分解してつくる調味液です。このほかに、酵素や発酵によって分解した調味液を使う場合もあります(農林水産省「しょうゆの製造法」)。本醸造は、こうした調味液を加えず、醸造だけでうま味を引き出す造り方です。添加物の有無は、原材料表示で確かめます。ちなみに保存性を高めるためにアルコールを加えることもありますが、これは上記の分類には影響しません。

その本醸造の中に、もう一段内側の表示があります。醸造を早めるためのセルラーゼなどの酵素を加えず、また指定食品添加物も使っていない本醸造の醤油だけが、「天然醸造」と表示できます(食品表示基準。アルコール添加はOK)。

醤油 > 本醸造(約9割)> 天然醸造(本醸造のうち、醸造を早める酵素も、決められた添加物も使わないもの)

なお、「天然醸造」は木桶や国産の丸大豆、長い熟成までを約束する表示ではありません。そこは次の二つの軸と、蔵ごとの情報で見ていきます。

2. 種類

種類 特徴 出荷に占める割合
濃口(こいくち) いちばん一般的な醤油 約85%
淡口(うすくち) 色が淡く、塩分はやや高め 約11%
たまり 大豆が主体で、とろりと濃い 約2%
再仕込み 塩水の代わりに醤油で仕込む 約1%
白 小麦が主体で、色がごく淡い 約0.6%

(割合はいずれも日本醤油協会の統計の2024年実績。出荷量は約68万キロリットル)

この中で大豆主体で作る「たまり」は江戸時代以前より作られていた古い醤油の姿を伝えるもので、次第に大豆に小麦を組み合わせる製法が発展していき、江戸時代には濃口や淡口が広まっていきました。
これはこれですごいイノベーションだったのですが、それはまた別の機会で。

3. 原料の大豆

大豆そのままの「丸大豆」か、「脱脂加工大豆」か。原材料表示を見れば分かります。ちなみに「脱脂加工大豆」は大豆をつぶし、油を溶かす液体で油を取り出したものです。「脱脂加工大豆」を使っていても「本醸造」になります。

なお、日本でいちばん多い醤油は「本醸造の濃口」です。ここまでは、一般的な醤油のイメージとそれほどずれていませんね。
話が変わってくるのは、原料と時間を見たときです。

大豆の8割は「油を抜いた大豆」

2024年に醤油に使われた大豆を重さで比べると、丸大豆は約19%(脱脂加工大豆は元の大豆量に換算)。8割は脱脂加工大豆です。国産の丸大豆に絞ると約6,500トンで、約4%です(日本醤油協会)。これは原料の重さの割合で、製品の出荷割合ではありませんが、国産の丸大豆がどれだけ少ないかがよく分かります。
しょうゆ情報センターによれば、醤油の原料は、大豆のほとんど、小麦の約8割、食塩の約9割が輸入です。

脱脂加工大豆には理由があります。丸大豆の油は、もろみを搾った生揚げ(きあげ)醤油の上に浮いてきて、取り除く手間がかかる。先に抜いておけばたんぱく質を効率よく使え、抜いた油は食用油になります。そのうえで温度を管理し、約6〜8か月でもろみを仕上げるのが、一般的な濃口の造り方です。

家庭の食卓から外食、加工食品まで、毎年同じ味を、手の届く値段で届ける。効率よく造られた醤油は、その目的に対するかなり完成度の高い答えになるわけです。

縮む国内、海外では現地生産

その醤油の市場も、いま足元が揺れています。

日本の醤油出荷量(輸出を含む)のピークは1973年の約129万キロリットル。2025年は約67万キロリットルで、ほぼ半分。1950年以来、75年ぶりの低い水準でした(日本醤油協会の集計を報じた共同通信、2026年9月)。醤油を造る企業(工場)の数も、1955年の約6,000から2024年の1,013まで減っています。

海外は逆に和食ブームにより増加傾向です。2022年では、日本の醤油メーカーが海外の工場で造った醤油は約31万キロリットル。同じ年の日本からの輸出(約4万キロリットル)の7倍以上でした(nippon.com)。海外で使われる日本メーカーの醤油は、大半が現地で造られています。

一つの蔵が、全部の工程を担うとは限らない

日本人でも意外と知らない話をもう一つ。

醤油の世界には、組合の工場が搾りたての「生揚げ」までを共同で造り、各蔵がそれを引き取って、味を調え、火入れをして瓶に詰める分業があります。1964年に福島県で始まった「福島方式」がその代表で、各地の組合工場のモデルにもなりました。仕上げの工程で、それぞれの蔵が自分の味を決めています。

小さな蔵が設備を共同で持ち、地域の醤油を守るための仕組みです。一方で、原料選びから搾りまで、全部を自分の蔵で行うところもあります。どちらの造り方かは、ラベルの蔵名だけでは分かりません。

ナガハマ88の醤油

ここで、ナガハマ88が扱っている醤油を並べてみます。

愛媛県大洲市の梶田商店は、1874年の記録が残る醤油蔵です。販売する醤油はすべて自社醸造。その中で「巽(たつみ)」の原料の大豆と小麦は100%地元・南予産で、塩は徳島の鳴門産。酵母も酵素も加えずに仕込み、100年以上使い継いできた杉桶を用いて醸造しています。

三重県鈴鹿市の東海醸造は、大正時代から使い続けている木桶でたまりを仕込む蔵です。

  • 底引きたまり:熟成期間五年。小麦不使用。搾らず、火入れもせず、木桶の底から滴り落ちたものを集めたたまりです

木桶仕込みの醤油は、木桶の本数をもとにした推計で、生産量の1%前後とされています(職人醤油)。先ほどの軸に並べると、こうなります。

軸 業界の一般的なつくり ナガハマ88の醤油
造り方 本醸造(約9割) 天然醸造
大豆 8割が脱脂加工大豆、ほぼ輸入大豆 丸大豆、地元産
熟成 一般的な濃口で約6〜8か月 約1年(巽 淡口)〜5年(底引きたまり)
容器 主にタンク 木桶
種類 濃口が約85% 濃口・淡口、たまり(約2%)、再仕込み(約1%)

こうしてみると当店の醤油は主流の醤油からだいぶ離れたところにあることが分かります。ただ、少数派だから良い、という話ではありません。大量の需要にどう応えるか、あるいは社会構造の変化に供給側がどう対応するか。そうした時代の要請に応えてきた結果、今の業界の姿になったのだと思います。その中で当店のような小さな店では価値観に共感できる作り手を選んでいます。

数多ある醤油を選ぶ際には、醤油のラベルを一度見てみてください。種類は濃口か、淡口か、たまりか。造り方は本醸造か、混合醸造か、混合か。本醸造なら、「天然醸造」の表示があるか(表示していなくても条件を満たす醤油もあります)。原材料は丸大豆か脱脂加工大豆か、アミノ酸液が入っているか。

ラベル表記の背景が分かると、味わうときにも気づくことが増え、醤油を選ぶ楽しみも広がると思います。
知って、味わって、自分がおいしいと思うものを選ぶ。その一つひとつの選択が造り手に届き、さまざまな味や造り方が続いていく力になる。そんな積み重ねが、食の豊かさにつながるのだと思います。

熟成期間の哲学

最後に、ラベルの数字だけでは見えてこない、熟成期間の話を一つ。

先日、梶田商店にお邪魔した際に巽 濃口の熟成は二年ごろで区切っているのには訳があるとのお話を伺いました。二年ごろまではアミノ酸の量が順調に増えていくけれど、そのころから「ピロ化」によって増え方が頭打ちになっていくから、ということです。

ピロ化とは、うま味のもとであるグルタミン酸や、その仲間のグルタミンが輪の形に変わり、ピログルタミン酸になる反応のことです。ピログルタミン酸には、グルタミン酸のようなうま味がありません。熟成のあいだ、うま味の成分は増える一方ではなく、できる量と、別のものに変わる量の差し引きで決まっています。梶田商店では、こうした成分の変化を踏まえて、巽 濃口の熟成を二年ごろで区切っている、というお話でした。

一方で、同じ棚の東海醸造の底引きたまりは、五年熟成です。種類も、造り方も、目指す味も違えば、ちょうどいい時間も違う。東海醸造へはまだ直接お伺いしたことがないため、いつかこの期間についての哲学を直接伺うことが出来れば良いなと楽しみにしているところです。

次回:時間をかけると、何が起きるのか

一方、ピログルタミン酸という名前がつく成分が、すべて同じ味の働きをするわけではありません。ピログルタミン酸を端にもつ小さなペプチド(二つ以上のアミノ酸が結合したもの)には、醤油のうま味を強めるものも見つかっています。熟成のあいだに何が生まれ、何が変わっていくのか。うま味は、グルタミン酸の量だけで決まるのか。

次回は、天然醸造の醤油に含まれる「呈味性ペプチド」と「アミノ酸誘導体」という小さな分子から、そのおいしさの深淵を探っていきたいと思います。

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巽 天然醸造丸大豆醤油 濃口 720ml

夏を二度越す一年六か月以上の天然醸造。毎日使う一本に。

  • 生産者:梶田商店(愛媛県大洲市)
  • 取扱い:店頭/オンラインストア

巽 天然醸造丸大豆醤油 濃口の商品ページを見る

巽 天然醸造丸大豆醤油 淡口 720ml

約一年熟成。蔵いわく「濃口の味わいをできる限りそのままに色を淡く」。

  • 生産者:梶田商店(愛媛県大洲市)
  • 取扱い:店頭/オンラインストア

巽 天然醸造丸大豆醤油 淡口の商品ページを見る

再仕込み醤油 梶田泰嗣 720ml

醤油で醤油を仕込む二段階の造りで、計四年。

  • 生産者:梶田商店(愛媛県大洲市)
  • 取扱い:店頭/オンラインストア(入荷待ちの場合があります)

再仕込み醤油 梶田泰嗣の商品ページを見る

底引きたまり 100ml

五年熟成、搾らず火入れもしない木桶仕込みのたまり。大豆100%で、小麦を使っていません。

  • 生産者:東海醸造(三重県鈴鹿市)
  • 取扱い:店頭/オンラインストア

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