お酒と料理の香りを、化学が見ている地図で

香りは、
どこから来るのか。
リンゴライチ熟成のカラメル生臭さまで

「果実の香り」も「熟成の甘い香り」も「魚の生臭さ」も、その正体はそれぞれ別種類の分子です。化学を学んだ人の頭の中には、香りを「どこから来るか」で整理する地図があります。酵母が作る香り、原料に眠っていて発酵で目覚める香り、脂が壊れて生まれる香り、時間が育てる香り——お酒か食べものかを問わず、香りは同じ原理で生まれています。その地図を、化学の知識ゼロから見えるように描きます。

序 ・ そもそも「香り」とは何か

香りとは、鼻に飛び込んでくる「小さな分子」のこと

私たちが「匂う」と感じるのは、空気中を漂ってきたごく小さな分子が鼻の奥のセンサーにはまり込んだ瞬間です。鍵と鍵穴の関係に似ていて、分子のかたちが違えば、はまる鍵穴も違い、感じる香りも変わります。

香りを語るうえで大事な性質は3つだけです。これさえ押さえれば、専門用語が出てきても迷いません。

🎈

軽いほど香る

分子が軽く「揮発しやすい」ほど、空気に乗って鼻まで届きます。重い分子は香りとして立ちにくい。

🔬

ごく微量で効く

強い香り成分は「ng(ナノグラム)」——1グラムの10億分の1——で感じ取れます。この最低ラインを閾値(いきち)と呼びます。

🧬

作り手が違う

香り分子は「酵母が作る」「原料に眠っていたものが目覚める」など、生まれ方が家系ごとに違います。

この地図の読み方 香りは、「どこから来るか」=生まれ方で7つに分けられます。まずは次の俯瞰図で、11家系すべてがどの生まれ方に属するかを一望してから、ひとつずつ見ていきます。お酒の香りも料理の香りも、同じ地図の上に並びます。
壱 ・ 全体像

香りの地図を、ひと目で

縦の並びが「生まれ方」です。上から下へ、酵母が作るもの・原料から目覚めるもの・成分が壊れて生まれるもの・時間が育てるもの……と続きます。それぞれの帯に、その生まれ方をする家系を色つきで置きました。フルーティーも、熟成香も、欠点とされる香りも、料理の香りも、この一枚に等しく載っています。タイルを押すと、その家系の詳しい説明に飛べます。

生まれ方 ↓
🧪
酵母が一から作る原料にはまだ香りがない。酵母という工場を通って初めて生まれる
🔓
原料に眠る前駆体が発酵で遊離する香りのタネは原料に最初からある。ただし無臭。発酵がフタを外す
🎀
糖と結びついた形(配糖体)から遊離する植物の精油が糖でくるまれて隠れている。発酵がヒモをほどく
✂️
原料由来の成分が変化して生じる脂質などが分解・酸化して香り分子になる。酒の中でも、食材の側でも起きる
🔥
アミノ酸と糖が反応して生じる加熱や長期貯蔵でアミノ酸と糖が反応する(メイラード反応)。料理の焦がし香と同じ道筋
🤝
別の菌と酵母が引き継いで作る片方だけでは作れない。乳酸菌が下ごしらえをし、酵母が仕上げる
🦠
目的外の微生物が作る仕込みに意図して入れたのではない細菌・野生酵母がもたらす。 醸造では管理対象だが、香りとしては特徴になる場合もある
あることで香りを作る ± 濃度しだいで表情が変わる 増えると欠点になる

同じ香りでも「生まれ方」が違えば、地図の上では別の場所に立ちます。ここが香りを理解する背骨です。

壱 ・ つながり

香りのつながりを、動かして見る

同じ「香りの表現」を、まったく違う家系の成分が共有していることがあります。バラの香りは酵母が作る成分にも、植物由来の成分にもある。キノコの香りは麹にも椎茸にもある。表では見えないその重なりが、線として浮かび上がります。 ドラッグで動かし、ホイールで拡大、点にさわるとつながりだけが浮き上がります。家系や成分を押すと、その解説へ飛びます。

生まれ方 家系 成分 香りの表現
化学の関係 前駆体中立 紛らわしい中立 共起中立 相乗良い 分子として何が起きているか。測れば確かめられる
感じ方の関係 中立 増幅悪い 人が口の中でどう感じるか。★ pairing/ の機序カードから引いている。 測定ではなく知覚の話なので、化学の関係より根拠が弱くなりやすい
粒に触れると、その周りの関係だけが浮かびます。線の種類は 実線=確立/破線=報告あり/点線=示唆

点の大きさは、つながりの多さです。多くの成分に共有されている香りの表現ほど大きく育ちます。+−ボタン・ホイール・ダブルクリックで拡大でき、「大きく表示」で画面いっぱいに広がります(Escで戻ります)。

弐 ・ 生まれ方

香りは、どうやって生まれるか

香りの家系を分けるいちばん本質的な違いは、香りがどこから湧いてくるかです。酵母が一から組み立てるもの、原料にすでに眠っている"香りのタネ"を発酵が呼び覚ますもの、成分が壊れて生まれるもの、時間が育てるもの。生まれ方ごとに並べると腑に落ちます。

🧪 酵母が一から作るエステル・高級アルコール

素材原料の栄養(アミノ酸・糖)
酵母が発酵中に「作る」
香りリンゴ・バナナ・パイナップル・バラ

原料にはまだ香りがない。酵母という工場を通って初めて生まれる

🔓 原料に眠る前駆体が発酵で遊離するチオール

素材無臭の前駆体(原料に内蔵)
前駆体を酵母が「切り出す」
香りパッションフルーツ・グレープフルーツ

香りのタネは原料に最初からある。ただし無臭。発酵がフタを外す

🎀 糖と結びついた形(配糖体)から遊離するテルペン

素材糖でくるまれたテルペン(配糖体)
配糖体を酵母が「ほどく」
香りバラ・マスカット・ライチ

植物の精油が糖でくるまれて隠れている。発酵がヒモをほどく

✂️ 原料由来の成分が変化して生じる脂質酸化・揮発性アミン・硫黄系

素材原料の脂・タンパク質
原料の成分が「変化する」
香り青草・キノコ・魚油・脂・油

脂質などが分解・酸化して香り分子になる。酒の中でも、食材の側でも起きる

🔥 アミノ酸と糖が反応して生じるメイラード

素材アミノ酸と糖
アミノ酸と糖が「結びつく」
香りカラメル・黒糖・醤油・焙煎した木の実・蜂蜜

加熱や長期貯蔵でアミノ酸と糖が反応する(メイラード反応)。料理の焦がし香と同じ道筋

🤝 別の菌と酵母が引き継いで作るラクトン

素材原料の脂(不飽和脂肪酸)
菌と酵母が「引き継ぐ」
香りモモ・ココナッツ・蜂蜜

片方だけでは作れない。乳酸菌が下ごしらえをし、酵母が仕上げる

🦠 目的外の微生物が作る揮発性フェノール・揮発性脂肪酸

素材原料の成分(フェルラ酸など)
別の微生物が「作ってしまう」
香り燻香・香辛料・カレー・バニラ・薬品的

仕込みに意図して入れたのではない細菌・野生酵母がもたらす。 醸造では管理対象だが、香りとしては特徴になる場合もある

文系脳のための一行まとめ 香りは「新しく生まれる」か「もとからあって目覚める」か「変わって生じる」かのどれかです。酵母が作る・前駆体が目覚める・脂が壊れる・時間が育てる・糖とアミノ酸が結びつく・別の菌が作る——この生まれ方の違いが、そのまま家系の違いになります。お酒の熟成香も、料理の焦げ目も、魚の生臭さも、同じ枠組みで説明できます。
参 ・ 家系のくわしい話

ひとつずつ、家系を見ていく

ここからは家系をひとつずつ、生まれ方の順に並べます。フルーティーもそうでない香りも、扱いは同じです。「代表選手・分子の性格・生まれ方・キーワード」の4行で、どんな香りかをつかんでください。

🧪 酵母が一から作る

原料にはまだ香りがない。酵母という工場を通って初めて生まれる

Esters

「酵母が発酵中に生む、みずみずしい果実香」——吟醸香の主役。

🍎 リンゴ 🍌 バナナ 🍍 パイナップル 🍐 洋ナシ
代表選手カプロン酸エチル(リンゴ・パイナップル様)/ 酢酸イソアミル(バナナ様)
分子の性格「酸」と「アルコール」が手をつないでできる化合物。軽くて揮発しやすく、華やかに立ちのぼる。お酒の中では時間とともにゆっくり分解もする(だから新酒は香り高い)。
生まれ方発酵中に酵母が自分で作る。原料そのものの香りではなく、酵母の代謝という「工場」から出てくる。低温・じっくりの吟醸造りで増える。
キーワード吟醸香/酵母の個性/低温発酵
Fusel alcohols

「酵母がアミノ酸から作る、ふくよかな土台の香り」——多いと重く、少ないと痩せる。

🌸 バラ 💐 花
代表選手フェネチルアルコール(バラ・花様の甘い香り)/ イソアミルアルコール(酢酸イソアミルの前駆体)
分子の性格エステルと同じく酵母が作る仲間だが、こちらは分子がやや重く、華やかに飛ぶというより下支えの厚みとして働く。適量ならふくよかさになり、増えすぎると重くクドい印象になる。
生まれ方発酵中に酵母がアミノ酸を代謝する過程で生まれる。エステルの材料でもある——酢酸イソアミルはイソアミルアルコールから作られるので、この家系はエステル類の上流にも立っている。
キーワードアミノ酸代謝/ふくよかさ/エステルの前段

🔓 原料に眠る前駆体が発酵で遊離する

香りのタネは原料に最初からある。ただし無臭。発酵がフタを外す

Thiols

「原料に眠る前駆体が、発酵で目覚めるトロピカル香」——ごく微量で強烈。

🥭 パッションフルーツ 🍊 グレープフルーツ 🫐 カシスの芽 🐈 猫のおしっこ(強すぎると)
代表選手3MH(グレープフルーツ・パッションフルーツ様)/ 4MMP(カシスの芽様)/ 3MHA(さらに華やかなパッションフルーツ様)
分子の性格硫黄(S)を含むのが目印。硫黄と聞くと臭そうだが、超微量だとむしろ極上のトロピカル香になる。閾値は数〜数十ng/Lと桁違いに低く、ほんの少しで香りが決まる。
生まれ方原料(ブドウ・ホップ・米など)に香りのない「前駆体」として眠っている。それをアミノ酸(システインやグルタチオン)が抱えており、発酵中に酵母の酵素が切り離すことで初めて香り出す。
キーワード前駆体/発酵で遊離/ソーヴィニヨン・ブラン/トロピカル系ホップ

前駆体はシステイン抱合体・グルタチオン抱合体という特定の形で存在する。 「アミノ酸が多い=前駆体が多い」ではない。律速は前駆体量よりも 酵母側のβ-リアーゼ活性にあることが多い。 ★ 硫黄を含む香りが、すべてここに来るわけではない。 硫化水素・メルカプタン類・DMS・DMTS は以前この家系に置いていたが、 生まれ方が違う——前駆体を切り出すのではなく、含硫アミノ酸が壊れて出てくる側なので、 「硫黄系オフフレーバー」として分けた。かたちの上でも、DMSはチオエーテル、 DMTSは三硫化物で、そもそもチオールではない。 硫黄を含むかどうかで良し悪しは決まらない。→ 硫黄系オフフレーバーの家系

🎀 糖と結びついた形(配糖体)から遊離する

植物の精油が糖でくるまれて隠れている。発酵がヒモをほどく

Terpenes

「植物がもともと持つ、花とライチのフローラル香」——精油の主成分。

🌸 バラ 🍇 マスカット 🥭 ライチ 💐 スズラン・ラベンダー
代表選手リナロール(スズラン・柑橘様)/ ゲラニオール(バラ様)/ シトロネロール(バラ・柑橘様)/ シス-ローズオキサイド(ライチの決め手)
分子の性格植物が作る精油(アロマオイル)の正体そのもの。ラベンダーやバラの香りもこの仲間。花・柑橘・マスカット系の華やかさを担う。
生まれ方原料植物に糖と結びついた形(配糖体)で眠っている。発酵中に酵母の酵素(βグリコシダーゼ)が糖を外すと、香りが解き放たれる。チオールと似て「眠っていたものが目覚める」タイプ。
キーワード配糖体/精油/マスカット香/ゲヴュルツトラミネール

✂️ 原料由来の成分が変化して生じる

脂質などが分解・酸化して香り分子になる。酒の中でも、食材の側でも起きる

Lipid oxidation products

「脂が酸化して切れると生まれる、青くて脂っぽい香り」——微量なら風味、増えると欠点。

🌿 青草 🍄 キノコ 🐟 魚油 脂・油
代表選手ヘキサナール(青草・青い葉様)/ 1-オクテン-3-オン(金属的なキノコ様)/ 1-オクテン-3-オール(キノコ様)
分子の性格脂質(不飽和脂肪酸)が酸素と反応して切れると、短い分子になって香り出す。同じ道筋の産物なので、青草様から魚油様まで連続して並ぶ。分子のかたちはそろっていない——多くはアルデヒドだが、キノコ様の1-オクテン-3-オールのようにアルコールの形をとるものもある。この家系をまとめているのは、かたちではなく来歴のほう。
生まれ方原料の脂が酸化して生じる。酒の中で起きることも、食材の側で起きることもある。ワインの鉄が魚介側の脂質酸化を促すという報告があり、そこで生じるのはこの家系の成分。清酒では、製麹の後半に麹菌の酵素がリノール酸を分解して、麹のにおいの一部をつくる。
もとの脂が何だったかで、行き先の香りが変わる。 「脂が酸化した」とひとことで言っても、出口はひとつではない。豚レバーの酸化を調べた研究では、アラキドン酸が酸化すると金属様・レバー様に、リノレン酸が酸化すると魚臭に振れた。清酒の麹で分解されるのはリノール酸で、こちらはキノコ様のC8成分になる。この家系が青草様から魚油様まで幅を持つのは、道筋が同じでも入口が違うからでもある。
キーワード脂質酸化/鮮度の裏返し/出ていないことが価値

⚠️ アセトアルデヒドとジアセチルだけは、この家系の説明に当てはまらない。 どちらも脂が酸化して生じるのではなく、発酵そのものから出てくる (アセトアルデヒドはアルコールの一歩手前、ジアセチルは酵母・乳酸菌の代謝)。 分子のかたちがカルボニルなので長らくここに置かれてきたもので、来歴は別と考えてほしい。 → 各カードの notes にも同じ断りがある。 ⚠️ 「もとの脂で行き先が変わる」の出どころは豚レバーの研究(Im ら 2004)。 魚介でも酒でもない。方向としては脂質酸化一般に通じる話だが、 魚介についてそのまま測られたわけではない。

Volatile amines

「魚が時間とともに手放していく、あの生臭さ」——酸を加えると鼻に抜けなくなる。

🐟 生臭い
代表選手トリメチルアミン(魚の生臭さ)
分子の性格窒素を含む弱いアルカリ性の分子。酸と出会うと塩の形になり、揮発しなくなる。だから鼻に届かなくなる。レモンを搾る行為の正体。
生まれ方魚がもともと持っている成分(TMAO)が、時間の経過とともに分解して生じる。海水魚・深海魚ほど元の量が多い。酒側には出ない、食材側だけの家系
キーワード魚臭/酸で中和/食材側
Sulfur off-flavours

「硫黄を持つアミノ酸が壊れるときに出てくる、卵と玉ねぎとたくあんのにおい」——ごく微量で効く。

🥚 ゆで卵 🧅 玉ねぎ 🥒 たくあん漬け 🌽 青海苔・コーンスープ
代表選手DMTS(たくあん漬け様)
分子の性格硫黄を含む点はトロピカル香のチオール類と同じだが、こちらは壊れて出てくる側。どれも小さな分子で、感じ取れる最低ラインが桁違いに低い。分析上はごく微量でも、香りとしてははっきり立つ。
生まれ方原料や酒に含まれる硫黄を持つアミノ酸(メチオニン・システイン)から、硫黄が外れて生じる。外れさせるものはいくつかある——発酵中の酵母の代謝、貯蔵中の前駆体の分解、そして熱と光。前駆体を酵母が切り出すチオール類(3MH・4MMP)とは、同じ硫黄でも道筋が違う。酒質そのものより、置かれ方で決まる家系。
キーワード老香・日光臭/閾値が極端に低い/保管で決まる

⚠️ 「硫黄を含むから悪い」ではない。 トロピカル香を担う 3MH・4MMP も硫黄を含む。 分かれ目は硫黄の有無ではなく、生まれ方と濃度のほう。 ★ メルカプタン類は、かたちとしてはチオールそのもの(SH基を持つ)。 それでもここに置いているのは、生まれ方が「前駆体を切り出す」ではなく 「メチオニンが熱や光で壊れる」側だから。この地図は生まれ方で並べている。 ★ 硫化水素は、もろみや火入れしたばかりの清酒では感じられるが、 市販製品ではほとんど感じないとされる。棚の酒の欠点として数えるときは注意。 ★ DMSの由来として知られる「古米のメチルブロマイド燻蒸」は、 現在の日本では使用が禁止されている。古い時代の話であることを落とさない。

🔥 アミノ酸と糖が反応して生じる

加熱や長期貯蔵でアミノ酸と糖が反応する(メイラード反応)。料理の焦がし香と同じ道筋

Maillard & ageing aromas

「アミノ酸と糖が結びついて生まれる、カラメルと醤油の香り」——料理の焦がし香と同じ道筋。

🍮 カラメル・黒糖 醤油 🌰 焙煎した木の実 🍯 蜂蜜
代表選手ソトロン(カラメル・黒糖様)/ HEMF(醤油様)/ メチオナール(茹でたジャガイモ様)
分子の性格構造はばらばらだが、生まれ方が共通している。パンの耳、焼いた肉、醤油の香ばしさと、熟成酒の甘い香りは、化学としては同じ反応の産物。
生まれ方加熱や長期の貯蔵で、アミノ酸と糖が反応して生じる(メイラード反応)。清酒では新酒より古酒で強く検出される。 ★ 入口の材料が変われば、出口の香りも変わる。 アミノ酸と糖は、その前の工程—— 発酵——で作り変えられている。コーヒーでは、酵母を接種して発酵させた豆と そうでない豆で、焙煎したあとの香りに差が残ると報告されている。 しかもその差は、深く煎ったものより浅く煎ったもので大きく出る。 「発酵」と「焙煎」は別々の工程に見えて、前者が後者の材料を決めている。
キーワード長期熟成/醤油・黒糖/OAV

★ 濃度が高いことと香りとして立つことは一致しない。閾値で割った値(OAV)が1以上の成分だけが、実際ににおいに寄与していると考えられる。フルフラールは古酒で増えるが、貯蔵酒でもOAVが1に届かない。

🤝 別の菌と酵母が引き継いで作る

片方だけでは作れない。乳酸菌が下ごしらえをし、酵母が仕上げる

Lactones

「乳酸菌が下ごしらえし、酵母が仕上げる、モモとココナッツの甘い香り」——生酛・山廃で厚くなる側。

🍑 モモ 🥥 ココナッツ 🍯 蜂蜜
代表選手γ-ノナラクトン(甘い蜂蜜様)/ γ-デカラクトン(モモ・バター様)
分子の性格分子が自分の尾を噛むように環を作った形。環になって初めて香る(鎖のままでは匂わない)。同じ骨格で炭素の数だけが違う仲間が並び、数が増えるほど重く甘い印象になる。
生まれ方原料の脂から二段構えで生まれるとされる。まず乳酸菌が脂肪酸に水をつけて「腕」を生やし、次に酵母がその鎖を短く刈り込む。最後に腕と端が手をつないで環が閉じる。どちらか片方だけでは作れない。清酒では、乳酸菌が働く山廃仕込みのほうが速醸仕込みより多いと報告されている。肉や乳製品にももともと含まれ、酒と食材の両側に出る家系。
キーワード生酛・山廃/乳酸菌と酵母/甘い脂肪香

⚠️ 「ラクトン」は分子のかたちの名前であって、生まれ方の名前ではない。熟成酒のソトロンも環を持つがメイラードの家系に置いてある。樽貯蔵で移る甘い香りは木から溶け出したもので、酒の中で作られたのではない。どちらもこの家系には入らない。また、和牛のラクトン(γ-ヘキサラクトン・γ-ウンデカラクトン)は貯蔵中に脂質が酸化して増えるとされ、酒側とは生まれ方が違う。かたちが同じなのでここに並べているが、来歴は別と考えてほしい。

🦠 目的外の微生物が作る

仕込みに意図して入れたのではない細菌・野生酵母がもたらす。 醸造では管理対象だが、香りとしては特徴になる場合もある

Volatile phenols

「原料に眠る成分を別の微生物が作り変えた、燻したような香り」——鑑評会では減点、食卓では別の意味を持ちうる。

🔥 燻香 🌶 香辛料・カレー 🍦 バニラ 薬品的
代表選手グアイアコール(薬品・煙様)/ 4-ビニルグアイアコール(カレー・香辛料様)/ バニリン(バニラ様)
分子の性格芳香環に水酸基がついた形。煙・薬品・香辛料といった、果実とは別方向の強い印象を作る。ごく微量でも見つけやすい。
生まれ方原料米に含まれるフェルラ酸を、仕込みに意図して入れたのではない細菌が脱炭酸して生じる。清酒酵母・焼酎酵母はこの働きを持たない。燻製食品では煙そのものから移る。
キーワードフェルラ酸/汚染微生物/燻香

⚠️ 全国新酒鑑評会では、この香りの指摘を受けた出品酒は総合評価が悪くなる傾向があり、審査員にはオフフレーバーととらえられていると報告されている。「この香りがあるから良い酒」とは書かない。

Volatile fatty acids

「入ってほしくない微生物が残していく、チーズと汗の香り」——欠点として管理される側。

🧀 チーズ 納豆・汗 銀杏
代表選手酪酸(銀杏・チーズ様)/ イソ吉草酸(納豆のような汗くさいにおい)
分子の性格短い炭素鎖の酸。チーズや発酵食品では特徴になるが、清酒では出てほしくない側に置かれる。
生まれ方火落菌や枯草菌といった、仕込みに意図して入れたのではない微生物の汚染による。エステル類の材料になる脂肪酸とは、同じ「脂肪酸」でも役どころが違う。
キーワード火落菌/枯草菌/欠点香
四 ・ 飲みものごとの地図

この家系は、どの飲みもので活躍する?

フルーティーな香りに話を絞ると、同じ香り分子が飲みもののジャンルを越えて登場します。「ソーヴィニヨン・ブランのトロピカル香」と「トロピカル系IPAの香り」が同じチオールだった、というように。そしてこれは、お酒だけの話でもありません。コーヒーの発酵でも、清酒と同じ経路で同じ成分が作られています。手元の一杯がどの家系に属するか、確かめてみてください。

飲みもの 主に効いている家系 感じる香り
吟醸・大吟醸 エステル リンゴ、パイナップル、バナナ(吟醸香)
低精白ジューシー系
日本酒
エステル + チオール
+ リンゴ酸の酸味
果汁感、トロピカル、みずみずしい酸
ソーヴィニヨン・
ブラン
チオール パッションフルーツ、グレープフルーツ、カシスの芽
トロピカル系IPA
(クラフトビール)
チオール + テルペン パッションフルーツ、柑橘、花(ホップ由来)
ゲヴュルツ
トラミネール
テルペン ライチ、バラ、マスカット
マスカット系ワイン
芋焼酎
テルペン マスカット、花、柑橘
コーヒー
(発酵・浅煎り)
エステル + 高級アルコール + テルペン
+ 焙煎でメイラード
花、果実、バニラ(発酵由来)/焙煎で焦がし香
近年のジューシー系日本酒の正体 香り分子の顔ぶれ自体は吟醸と大きく変わりません。違いを生んでいるのは、①リンゴ酸などの酸が増えて「果汁感」の骨格ができること、②エステルの比率が変わり酢酸イソアミル(バナナ)寄りの柔らかさになること、③チオールがトロピカル感を添えること、④生酒(無加熱)ゆえのフレッシュさ。これらの合わせ技です。
五 ・ 成分の一覧

名前から引く

ここまでに登場した11家系すべての、あわせて44成分を並べます。お酒の香りも料理の香りも、区別せず同じ表に載せました。家系カードには「代表選手」しか出てこないので、実際のデータが読めるのはここだけです。「酒」「食材」の印は、その香りがどちら側で立つかを示します——酒に入っている成分と、料理と出会って生まれる成分は別物だからです。

エステル類酵母が発酵中に「作る」

「酵母が発酵中に生む、みずみずしい果実香」——吟醸香の主役。

成分香りの表現効き方閾値確からしさ
カプロン酸エチル
リンゴ・パイナップル様
リンゴ・パイナップル・メロン
濃度帯や共存成分により、メロン様・完熟果実様にも感じられる
作る 120 µg/L清酒中の弁別閾値。清酒中の含有量は 痕跡〜15 mg/L と、閾値の100倍以上まで振れる 報告あり
生まれ方とメモ

酵母が脂肪酸合成の中間体としてカプロン酸を作り、それがエチルエステル化して生じる

吟醸香を構成するエステルのひとつ。これを多く作るよう改良された酵母があると 報告されている。

★ そのため「精米歩合が高くないと吟醸香は出ない」という教科書的な説明は、 現在では単純化しすぎかもしれない。高エステル生産性酵母(きょうかい1801号など)の 普及により、高精白でなくても生成しうる。 ⚠️ ただし、酵母の銘柄と精米歩合を結びつけた後半は推測で、 裏づけとなる報告はまだ見つかっていない。

酢酸イソアミル
バナナ様
バナナ・洋ナシ 作る 270 µg/L清酒中の弁別閾値。清酒中の含有量は 痕跡〜15 mg/L 報告あり
生まれ方とメモ

酵母がイソアミルアルコール(高級アルコールの一種)を酢酸でエステル化して生じる

前駆体が高級アルコール類にあたるため、この2家系は上下流の関係にある。 ジューシー系日本酒では、カプロン酸エチルよりこちら寄りの やわらかい果実感になることがある。

不飽和脂肪酸が多い条件では生成が抑えられると報告されている。 蒸し時間の長さや、吟醸酒で精米歩合を低くする理由のひとつがここにある。 脂を減らすことが、香りを増やすことにつながっている。

サリチル酸メチル
湿布・ミントの奥にある冷たさ
薬品的・青草
薬品的と言われるが、ワインでは冷たさ・フレッシュさの側に効く
±振れる 報告あり
生まれ方とメモ

⚠️ 資料上は不明。無亜硫酸のワインで多いことは分かっているが、なぜ多いのかは示されていない

分子のかたちはエステルだが、酵母が作るものではない。 この家系の「酵母が組み立てる」という説明には当てはまらない。

★ 無亜硫酸で造られたボルドー赤ワインから、香気分画とGC-Oによって におい活性成分として同定された。無亜硫酸のワインでは有意に含量が高く、 果実香とフレッシュさの両方に効いていると報告されている。

面白いのは、単独で嗅ぐと湿布のような薬品的な香りなのに、 ワインの中では「冷たさ」の側に働くこと。 成分の印象と、その成分がワインにもたらす印象は別物という例になっている。

⚠️ なぜ無亜硫酸で多いのかは、出典が答えていない。 亜硫酸が何かを止めているのか、別の経路が動くのかは分かっていない。

⚠️ ワインの研究であり、清酒については扱っていない。

酢酸エチル◆1
微量なら果実、多いとセメダイン
リンゴ・洋ナシ・セメダイン・除光液
この地図でいちばん「濃度で顔が変わる」成分。 低い濃度では他のエステルに紛れて果実感の一部になり、 増えるとセメダインや除光液のほうへ振れる。 どこが境目かは共存する成分と飲み方によって動くので、 「何 mg/L から欠点」という線は引けない。
±振れる 報告あり
生まれ方とメモ

酵母が酢酸とエタノールを結びつけて作る。エステル類のなかで最も単純な組み合わせで、 酒でもコーヒーの発酵でも、いちばん量の多いエステルになりやすい。

★★ 酵母を入れると増える、が実験で押さえられている。 農場のウォッシュド精製に Pichia fermentans を接種した研究では、 エタノール・アセトアルデヒドとともに酢酸エチルと酢酸イソアミルが揃って増えた。 しかもこの研究は焙煎豆まで追っており、焙煎豆でも酵母由来の揮発性成分が 接種区で高かった。カッピングでは「バニラ」「花」の印象が強く出ている。

コーヒーの発酵でも、酒と同じ顔ぶれが出てくる。 モザンビークの自然発酵を微生物と代謝物の両側から見た研究では、 生成した揮発性成分のうち量が多かったのはリナロール・フェネチルアルコール・ 酢酸エチルの3つで、担い手の遺伝子レパートリーからは エールリッヒ経路とエステル生合成が香りの中心的な経路として浮かんでいる。 清酒でイソアミルアルコールやフェネチルアルコールを作っているのと同じ道筋が、 コーヒーでも回っているということになる。

★ 酵母を接種したコーヒーの発酵では、焙煎するとエステル類の量は減るものの、 接種した区のほうが対照より有意に高いまま残ったと報告されている。 発酵で付いた差が、焙煎という高温工程を越えても消えない例。

⚠️ ただしどちらもコーヒーの研究であって、清酒の研究ではない。 清酒での閾値・含有量は、まだ裏を取れていない。

チオール類前駆体を酵母が「切り出す」

「原料に眠る前駆体が、発酵で目覚めるトロピカル香」——ごく微量で強烈。

成分香りの表現効き方閾値確からしさ
3MH
グレープフルーツ・パッションフルーツ様
グレープフルーツ・パッションフルーツ ±振れる 60 ng/L特許 WO2010070838A1 の記載値。査読論文ではない点に注意 報告あり
生まれ方とメモ

原料中にシステイン抱合体・グルタチオン抱合体として無臭で存在し、 発酵中に酵母のβ-リアーゼが切り離すことで遊離する

ワイン・ビールでは確立しているが、日本酒での定量データは公開ベースでは乏しい。 ビールでは麦芽・ホップ中にジスルフィド結合型の前駆体が見つかり、 発酵中に65〜82%が還元されて3MH濃度が9.5〜14.2倍に増えたと報告されている。

4MMP
カシスの芽様
カシスの芽・パッションフルーツ
低濃度ではカシスの芽・ツゲ様、高濃度では不快側に振れる
±振れる 1.2 ng/L清酒中の検知閾値。飯塚ほか2019 が**先行報告から引用している**値で、 同論文の測定値ではない。同論文が分析した25試料の含量は 5〜14 ng/L (チオール様の指摘があった酒を選んだもので、出品酒全体の分布ではない) 確立
生まれ方とメモ

原料に前駆体として存在し、発酵中に酵母の酵素が切り離して遊離する

日本酒のチオールの中では最も研究が進んでいる。 清酒に4MMPを足していく試験では、8.0 ng/L を超えると硫黄っぽさが立ってくる。

面白いのはその先。 16.0 ng/L を超えると、マスカット・ライチ・柑橘といった 果実様の香りは確かに強まるのに、お酒としての総合評価は逆に下がったと報告されている。 華やかさが増したぶん良くなる、という単純な話にはなっていない。 「多いほど良い香り」が成り立たない例として持っておきたい成分。

3MHA
さらに華やかなパッションフルーツ様
パッションフルーツ 作る 4 ng/L特許 WO2010070838A1 の記載値。3MHより一桁低い 報告あり
生まれ方とメモ

発酵中に遊離した3MHが、酵母によって酢酸エステル化されて生じる

3MHの誘導体にあたるため、3MHが出ていることが前提になる。 閾値が極端に低く、ごく微量で香りの方向を決める。

テルペン類配糖体を酵母が「ほどく」

「植物がもともと持つ、花とライチのフローラル香」——精油の主成分。

成分香りの表現効き方閾値確からしさ
リナロール
スズラン・柑橘様
スズラン・ラベンダー・柑橘・マスカット 作る 40 µg/L芋焼酎のモノテルペンアルコール研究における実測値 報告あり
生まれ方とメモ

原料植物に配糖体として蓄えられ、発酵中に酵母のβグリコシダーゼが糖を外して遊離する

ワインではマスカット香の主要因子として扱われる。 日本酒での定量データは公開ベースでは乏しい。

コーヒーの発酵でも、量の多い揮発性成分の筆頭に挙がる。 モザンビークの自然発酵の研究では、リナロールが フェネチルアルコール・酢酸エチルと並んで最も多く、 花様の評価の予測因子として浮かんでいる。 ⚠️ ただしこの研究は、リナロールがどこから来たのか—— 原料の配糖体がほどけたものか、微生物が作ったものか——を分けていない。 この地図がリナロールを「配糖体からほどける」側に置いている根拠は 別の資料であって、この研究ではない。

⚠️ コーヒーの研究であって、清酒について述べたものではない。

ゲラニオール
バラ様
バラ・柑橘 作る 80 µg/L芋焼酎のモノテルペンアルコール研究における実測値 報告あり
生まれ方とメモ

原料植物に配糖体として蓄えられ、発酵中に糖が外れて遊離する

ビールでは、発酵中に酵母がゲラニオールをシトロネロールへ変換することが報告されている。 ホップ由来の香りが「そのまま出る」のではなく発酵で作り変えられる例。

シトロネロール
バラ・柑橘様
バラ・柑橘 作る 報告あり
生まれ方とメモ

配糖体からの遊離に加え、発酵中に酵母がゲラニオールを変換して生じる経路が 報告されている

シス-ローズオキサイド
ライチの決め手
ライチ・バラ 作る 示唆段階
生まれ方とメモ

原料ぶどう由来。シトロネロールから環化して生じる経路が語られる

ゲヴュルツトラミネールの「ライチ」を決定づける成分として語られることが多い。 ただしライチ様の印象は他のテルペン類との重なりでも変わるので、 この一分子だけで決まるわけではないのかもしれない。

⚠️ この成分は、ここに並ぶなかで最も裏づけが薄い。 閾値も生成経路も、大もとの研究には当たれていない。

高級アルコール類酵母が発酵中に「作る」

「酵母がアミノ酸から作る、ふくよかな土台の香り」——多いと重く、少ないと痩せる。

成分香りの表現効き方閾値確からしさ
フェネチルアルコール◆1
バラ・花様の甘い香り
バラ・花 作る 130 mg/L清酒中の弁別閾値。清酒中の含有量は 75〜200 mg/L で、閾値をまたぐ位置にある 報告あり
生まれ方とメモ

酵母がアミノ酸のフェニルアラニンを代謝する過程で生じる。精米歩合が高く、発酵温度が高い場合に多く作られる

吟醸酒の華やかさのうち、果実側ではなく花側の印象を担う。資料は清酒の基調香として扱う。

★ 面白いのは、含有量の幅(75〜200 mg/L)が閾値(130 mg/L)をまたいでいること。 同じ成分が、酒によって感じ取れたり感じ取れなかったりする境目に居座っている。 これを多く作るよう改良された酵母もある。

★★ コーヒーの発酵でも、この成分が香りの主役級に挙がる。 モザンビークの自然発酵を微生物と代謝物の両側から見た研究では、 生成した揮発性成分のうち量が多かったのが リナロール・フェネチルアルコール・酢酸エチルの3つで、 花様・果実様の評価の予測因子として浮かんでいる。 酵母を接種したコーヒー発酵でも対照の2〜10倍まで増え、焙煎後にも差が残った。 フェニルアラニンから作るこの道筋(エールリッヒ経路)は、 清酒でもコーヒーでも同じように働いている。

⚠️ どちらもコーヒーの研究であって、清酒について述べたものではない。

イソアミルアルコール◆1
酢酸イソアミルの前駆体

単独では香りの主役にならないが、量が多いと重さとして出る
±振れる 68 mg/L清酒中の弁別閾値。清酒中の含有量は 70〜270 mg/L で、**下限がすでに閾値の上**にある 報告あり
生まれ方とメモ

酵母がロイシンを代謝する過程で生じる。精米歩合が高く、発酵温度が高いほど多く作られる

これがエステル化されると酢酸イソアミル(バナナ様)になる。 高級アルコール類とエステル類が上下流でつながる接点。

どの清酒にも必ず閾値を超えて入っている(含有量の下限が閾値より上)。 つまり「あるかないか」ではなく「どれだけあるか」でしか語れない成分で、 資料は清酒の基調香と位置づけている。多いとホワイトボードマーカー様に振れる。

★★ コーヒーの発酵でも同じ成分が同じ経路で作られる。 酵母(Hanseniaspora uvarum / Pichia kudriavzevii)を接種したコーヒーの ウォッシュド発酵では、イソアミルアルコールが対照の2〜10倍まで増え、 その差は焙煎したあとにも残ったと報告されている。 アミノ酸から高級アルコールを作るこの道筋(エールリッヒ経路)は、 別の研究でもコーヒー発酵の香りの中心的な経路として挙がっている。 清酒の基調香を作っているのと同じ仕組みが、酒ではない飲みものでも回っている。

⚠️ コーヒーの研究であって、清酒について述べたものではない。

脂質酸化物原料の成分が「変化する」

「脂が酸化して切れると生まれる、青くて脂っぽい香り」——微量なら風味、増えると欠点。

成分香りの表現効き方閾値確からしさ
ヘキサナール食材◆1
青草・青い葉様
青草・脂・油
田村2010 第3表のGC-O記述は `fat, green`。このカードの記述と一致する。
欠点 確立
生まれ方とメモ

不飽和脂肪酸が酸化して切れると生じる

赤ワインに浸した干し貝柱から、生臭みに寄与する成分として同定されたもののひとつ。★ ワインに含まれる香りではなく、ワインと魚介が接触して食材側に生じる。

ヘプタナール食材◆1
脂っぽく青い
脂・油・青草
⚠️ 出典と食い違っている。 田村2010 第3表のGC-O記述は `chemical`(薬品様)で、脂っぽさにも青さにも触れていない。このカードの「脂っぽく青い」は、同じ道筋の隣の成分から推した表現であって、嗅いだ人の言葉ではない。⚠️ ただしGC-O記述は嗅ぎ口での短い一語で、素材(ワインに浸したホタテの干物)にも左右される。どちらが正しいとも決めていない。
欠点 確立
生まれ方とメモ

不飽和脂肪酸が酸化して切れると生じる

ヘキサナールと同じ道筋の産物。炭素が1つ多いぶん、青さより脂っぽさが前に出る——とされるが、★ ただしこの一文は、隣の成分からの推測であって、嗅いだ人の言葉ではない。

ノナナール食材◆1
脂・柑橘の皮様
脂・油・柑橘
田村2010 第3表のGC-O記述は `Oily`。脂っぽさは一致するが、柑橘には触れていない。柑橘様という顔は香料の分野で広く言われるもので、この論文の裏づけではない。
欠点 確立
生まれ方とメモ

不飽和脂肪酸が酸化して切れると生じる

デカナール食材◆1
柑橘の皮・脂
柑橘・脂・油
⚠️ 出典と食い違っている。 田村2010 第3表のGC-O記述は `Green`(青い)で、柑橘にも脂にも触れていない。柑橘の皮様という顔は香料の分野で広く言われるものだが、この論文の裏づけではない。⚠️ GC-O記述は嗅ぎ口での短い一語で、素材にも左右される。どちらが正しいとも決めていない。
欠点 確立
生まれ方とメモ

不飽和脂肪酸が酸化して切れると生じる

(E,Z)-2,4-ヘプタジエナール食材◆1
魚油様
魚油・生臭い
★ 田村2010 第3表のGC-O記述は、この成分だけ `Fishy`(生臭い)。同じ表の他の9成分は fat / green / chemical / metallic / mushroom / oily といった書かれ方で、「魚臭い」と書かれたのはここ1つだけ。同じ実験でこの成分は、鉄を含まないモデルワインでは検出されず、鉄を含む赤ワインでのみ現れた。生臭みの中心にいる成分。
欠点 確立
生まれ方とメモ

多価不飽和脂肪酸が酸化して切れると生じる

二重結合を2つ残した形。生臭さの中でも「魚油そのもの」に近い印象を担う。★ ワインと魚介の実験では、鉄を含まないモデルワインでは検出されず、鉄を含む赤ワインに浸したときだけ現れた(0 → 4.2 μg/kg)。他の成分がもともとあって増えるのに対し、これは無から生まれている。

1-オクテン-3-オン食材◆2
金属的なキノコ様
キノコ・金属的
★ 同じ分子が、椎茸では鍵となる好ましい香り、脂の酸化では生臭さの一部になる。
±振れる 確立
生まれ方とメモ

脂肪酸が分解して生じる。清酒では製麹の後半に、リノール酸が麹菌の酵素で酸化的分解を受けて生じ、麹のにおいに寄与する

「共通の成分があるから合う」という考え方の限界を示す例。同じ成分でも、まわりに何があるかで意味が反転する。生椎茸ではOAVで最も重要な香気成分とされる。★ ワインと魚介を合わせたときの生臭みを調べた実験では、鉄を含む赤ワインに浸したホタテの干物でこの成分が約6倍に増えた(0.09→0.52 μg/kg)。同じ実験で、対になるアルコール(1-オクテン-3-オール)は有意に増えていない。★ 豚レバーの酸化でも金属様の寄与成分として挙がっており、そちらではアラキドン酸が酸化したときに出る方向とされる。

1-オクテン-3-オール食材◆1
キノコ様
キノコ ±振れる 確立
生まれ方とメモ

脂肪酸が分解して生じる。清酒では製麹の後半に麹菌の酵素によって生じる

1-オクテン-3-オンと対になる成分だが、ケトンのほうがアルコールの酸化で生じるわけではない、と報告されている。魚臭の構成成分として挙げられることもある。★ ただし、ワインと魚介を合わせたときの生臭みを調べた実験では、この成分は有意に増えていない(8.3→10.0 μg/kg)。同じ実験で約6倍に増えたのはケトンのほう。C8の成分をひとまとめに「生臭さの一部」と呼ぶと、この違いが見えなくなる。オンとオールは別々に見たほうがよい。

ジアセチル◆1
発酵バター・ヨーグルト様
バター・ヨーグルト ±振れる 83 µg/L清酒中の弁別閾値。清酒中の含有量は 痕跡〜500 µg/L 確立
生まれ方とメモ

酵母や乳酸菌の代謝で生じる。この家系の中では例外的に発酵由来

分子のかたち(ケトン)でここに置いているが、生まれ方は家系の説明に当てはまらない。 清酒では欠点として扱われる。

★ ワインでは、少ないことが何かを見せる側に働く場面がある。 無亜硫酸で造られた赤ワインは、通常製法のものより アセトアルデヒドもジアセチルも濃度が低く、 その差がワインのフレッシュさの感じ方に効いていると報告されている。

⚠️ この報告はワインのもので、清酒については扱っていない。

★ コーヒーの発酵でも、乳酸菌と酵母を共接種した区で 近縁の2,3-ブタンジオール(乳酸菌が作る)が香気に寄与したと報告されている。 酵母を接種した区では2,3-ブタンジオン(=ジアセチル)そのものも検出されている。 乳酸菌が居ると出てくるという筋道は、酒でもコーヒーでも共通している。

⚠️ コーヒーの研究であって、清酒について述べたものではない。

アセトアルデヒド
青リンゴ・切った草の芯
リンゴ・青草
少ないうちは青リンゴ様の若々しさ、増えると酸化した印象に傾く
±振れる 11 mg/L清酒中の弁別閾値(酒類総合研究所の調査による)。 清酒中の含有量は 痕跡〜110 mg/L。⚠️ ワイン側の出典は閾値を示していないので、 この値は清酒の話としてだけ使う 確立
生まれ方とメモ

発酵の途中でエタノールの一歩手前に現れ、そのまま残ったり、あとから酸化で増えたりする。清酒では、発酵の中間代謝物が多い時期にアルコールを添加すると増える

分子のかたち(アルデヒド)でここに置いているが、生まれ方は家系の説明に当てはまらない。 ジアセチルと同じ扱い。

★ 清酒では「木香様臭」と呼ばれ、木や草、青リンゴを連想する軽いにおいとされる。

亜硫酸と結びつく性質があり、そこが面白いところ。 亜硫酸を加えたワインでは結合したかたちで溜まっていくが、 加えないワインでは結合する相手がいない。

行き先は色になる。相手のいないアセトアルデヒドは、 色素とタンニンをつなぐ橋に使われてしまう。結果として二つのことが同時に起きる。 濃度は下がり、色は濃く紫がかる(色の差はヒトの知覚閾値を超える)。 ひとつの性質が、香りの側と色の側の両方を説明している。

無亜硫酸のボルドー赤は、通常製法のものより アセトアルデヒドもジアセチルも濃度が低いと報告されており、 その差がワインのフレッシュさの感じ方に効いているとされる。 「無いことが何かを見せる」型の成分。

⚠️ 上の亜硫酸・色の話は、すべてワインの研究である。清酒については扱っていない。 清酒側の閾値・含有量・呼び名は、酒類総合研究所「清酒のにおいとその由来について」から 取っている。ワインで分かっていることが、清酒でも同じとは限らない。

ラクトン類菌と酵母が「引き継ぐ」

「乳酸菌が下ごしらえし、酵母が仕上げる、モモとココナッツの甘い香り」——生酛・山廃で厚くなる側。

成分香りの表現効き方閾値確からしさ
γ-ノナラクトン◆1
甘い蜂蜜様
蜂蜜・ココナッツ 作る 確立
生まれ方とメモ

乳酸菌が脂肪酸に手を入れ、酵母が刈り込んで環になる

GC-Oでは「sweet, honey」として検出された。「香辛料様・4VG」の指摘を受けた出品酒で濃度が高い成分のひとつ。★ この指摘を受けた酒は新酒鑑評会の出品酒であり、熟成酒ではない。

γ-デカラクトン食材◆1
モモ・バター様
モモ・バター・ヨーグルト 作る 確立
生まれ方とメモ

脂肪酸が変化して環を作る

清酒のGC-Oでは「butter, baked」として検出された。 牛肉側でも、和牛香の官能評価値と高い相関を示す成分として挙げられている。 酒と食材の両側に出る

⚠️ 「香辛料様・4VG」の指摘酒で多かった側ではない。 有意差が出たラクトンは γ-ノナラクトン・γ-ドデカラクトン・dehydromevalonic lactone で、 この成分は指摘酒と対照の両方で検出されている。 つまり、この香りと4VGが一緒に出てくることの根拠にはならない。

γ-ドデカラクトン◆1
ココナッツ・バニラ様の甘さ
ココナッツ・バニラ 作る 確立
生まれ方とメモ

脂肪酸が変化して環を作る

特許の実施例では、この仲間が100μg/L以上で「甘い香りがする」、300μg/L以上で「ココナッツやバニラのような香り」と評価されている。⚠️ 特許であり査読文献ではない。

γ-ヘキサラクトン食材◆1
甘く脂に寄った香り
ココナッツ 作る 確立
生まれ方とメモ

脂肪酸が変化して環を作る

和牛香の官能評価値と高い相関を示した成分のひとつ。★ 出典は牛肉の研究であり、日本酒のラクトンとの共通性には言及していない。

γ-ウンデカラクトン食材◆1
モモ様
モモ 作る 確立
生まれ方とメモ

脂肪酸が変化して環を作る

和牛香の官能評価値と高い相関を示した成分のひとつ。

揮発性フェノール類別の微生物が「作ってしまう」

「原料に眠る成分を別の微生物が作り変えた、燻したような香り」——鑑評会では減点、食卓では別の意味を持ちうる。

成分香りの表現効き方閾値確からしさ
グアイアコール食材◆1
薬品・煙様
薬品的・燻香 ±振れる 22 µg/L清酒中の検知閾値 確立
生まれ方とメモ

原料由来のフェルラ酸が微生物によって変化して生じる。燻製食品では煙そのものから移る

「香辛料様・4VG」の指摘を受けた出品酒で、対照との差が最も大きかった成分(平均で約7倍)。 鰹節では、燻煙様の香りをもたらす主要な成分のひとつとされる。酒と食材の両側に出る

★★ 「特定の菌が作る」ことを、いちばんきれいに見せている例。 コーヒーの発酵に9種類のスターターを別々に接種して比べた研究では、 グアイアコールが Bacillus subtilis を接種した区でだけ生成された。 著者らはこれを「その菌が働いたことの目印になる成分」として選んでいる。 この地図がグアイアコールを「微生物が作る」側に置いている根拠を、 接種実験という形で裏から支える結果になっている。

⚠️ コーヒーの研究であって、清酒について述べたものではない。 清酒で同じ菌が同じことをしているかは、この出典からは言えない。

4-ビニルグアイアコール◆1
カレー・香辛料様
香辛料・カレー・燻香 ±振れる 52 µg/L清酒中の弁別閾値。清酒中の含有量は 0–350 µg/L 確立
生まれ方とメモ

原料米に含まれるフェルラ酸を、汚染した細菌・野生酵母が脱炭酸して生じる。清酒酵母・焼酎酵母はこの働きを持たない

純米酒などでみられる。指摘を受けた出品酒の少なくとも70%で閾値を超えると推定されている。⚠️ 鑑評会では減点要素として扱われている香り。

4-エチルグアイアコール◆1
燻製・薬品的
燻香・薬品的 ±振れる 報告あり
生まれ方とメモ

4-ビニルグアイアコールが還元されて生じるとされる

★ 清酒中に存在すること自体は確認できた。鑑評会出品酒の調査で、 ごく少数の試料からのみ検出されている。4-ビニルグアイアコールが ふつうに見つかるのに対して、こちらは滅多に出てこない。

⚠️ 閾値は未確認。「4VGが還元されて生じる」という道筋も、 ワインでは知られているが、清酒での確認は取れていない。

バニリン◆1
バニラ様
バニラ 作る 78.9 µg/L清酒中の検知閾値 確立
生まれ方とメモ

木の成分や、原料由来のフェノール類が変化して生じる

★ 常温貯蔵では11〜15年で検知できるようになる。若い吟醸酒では閾値未満。熟成試料では痕跡量〜1727.5 µg/L と幅が大きく、樽貯蔵酒が最も高い。「熟成酒=バニラ香」を年数で線引きできる数少ない成分。

メイラード・熟成香アミノ酸と糖が「結びつく」

「アミノ酸と糖が結びついて生まれる、カラメルと醤油の香り」——料理の焦がし香と同じ道筋。

成分香りの表現効き方閾値確からしさ
ソトロン◆1
カラメル・黒糖様
カラメル・黒糖・蜂蜜 ±振れる 2.3 µg/L清酒中の弁別閾値。清酒中の含有量は 0〜140 µg/L 確立
生まれ方とメモ

道筋は2つある。ひとつはアミノ酸(スレオニン)が分解してできた酸とアセトアルデヒドが結びつく経路、もうひとつはアミノ酸と糖の反応(メイラード反応)。長期の貯蔵中に進む

★ 平均濃度は 老香なし0.1/老香あり0.5/長期熟成酒9.8 µg/L。閾値を超える試料の割合は、 老香ありの市販清酒で5%、長期熟成酒で73%。 つまりカラメル様の香りは「熟成酒」ではなく「長期熟成酒」の特徴。

★ この家系に置いてはいるが、メイラード反応だけでできる成分ではない。 家系名は生まれ方をひとつ代表させたもので、道筋がひとつとは限らない。

HEMF◆1
醤油様
醤油・カラメル・黒糖 作る 報告あり
生まれ方とメモ

アミノ酸と糖の反応(メイラード反応)で生じる

醤油の主要香気成分。清酒に醤油様の香りが出るのは、ソトロンと構造が似ていることと、アミノ酸と糖の反応物という共通の成分を含むためと考えられている。

フルフラール◆1
焦げた砂糖・木の実様
カラメル・黒糖・焙煎した木の実 ±振れる 11000 µg/L清酒中の閾値。**この地図で最も高い閾値**。研究所の貯蔵酒でも濃度は 〜7800 µg/L で届かない 確立
生まれ方とメモ

糖が加熱・長期貯蔵で変化して生じる

★ 古酒で濃度は上がるが、貯蔵酒でもOAVが1に届かない。「増えている=香っている」ではない、という区別を教えてくれる成分。

3-メチルブタナール◆1
麦芽・蜂蜜様
麦芽様・蜂蜜 ±振れる 120 µg/L清酒中の弁別閾値。清酒中の含有量は 100〜4100 µg/L と幅が広い 確立
生まれ方とメモ

酒のタイプで道筋が違う。長期貯蔵酒ではアミノ酸(ロイシン)が分解して生じるが、生酒では前段のイソアミルアルコールが酵素で酸化されて生じる

老香のある清酒の45%、長期熟成酒の93%が閾値以上。 蜂蜜様の香りに寄与する成分のひとつとして挙げられている。

老香の主要成分のひとつ(もうひとつはDMTS)。 生酒を常温に置いたときに出る刺激的なにおい(ムレ香)もこの成分による。 ★ 熟成でも生酒の劣化でも同じ分子が出てくるが、道筋は別。 この家系に置いているのは長期貯蔵側の道筋のほう。

2,5-ジメチルピラジン食材◆2
焙煎した木の実・香ばしさ
焙煎した木の実
ピラジンは1つの分子の名前ではなく、似た骨格を持つ一群の総称として 語られることが多い。置換基の付きかたで、木の実様・土様・ピーマン様などに 分かれる。ここで扱うのは焙煎香の側にいるもの。 「ピラジン = この香り」と一対一では読めない。
作る 報告あり
生まれ方とメモ

アミノ酸と糖が加熱されて反応する過程(メイラード反応)で生まれる。 焙煎・焼成のように高い温度がかかったときにまとまって出てくる。

この地図に「発酵と焙煎の関係」を持ち込む1枚。 酵母を接種したコーヒーの発酵では、焙煎した豆から 2-メチルピラジン・2,5-ジメチルピラジンが検出されている。 著者らは、発酵で増えた有機酸が焙煎中のピラジン・フラン類の生成に 効いているのではないかと述べているが、 ⚠️ これは仮説であって実証ではない(著者自身がさらなる検証が要ると書いている)。

★★ 発酵の「長さ」でピラジンの量が動くという報告もある。 嫌気発酵の日数を変えた研究では、短い発酵(2〜8日)でピラジン類・ピロール類・ フラン類が高く、長い発酵(10〜20日)とは別の成分群と相関した。 別の研究では、ピロール類とフラン類が精製方法を見分ける指標になっている。 加熱でできる成分なのに、その前の発酵の条件で量が変わる—— 「入口の材料が、出口の香りを決めている」ことの実例にあたる。 ⚠️ ただし前者の研究は、測定したのが生豆か焙煎豆かをはっきりさせていない。 そのため、ここでは断定していない。

★ 食材の側では、鰹節の焙焼様の香りにエチルジメチルピラジン類が挙がる。 同じ反応が、酒の熟成香・料理の焦がし香・コーヒーの焙煎香を作っているという、 この家系の建て付けをそのまま体現する成分。

⚠️ 清酒中のピラジン類については、裏づけとなる資料をまだ持っていない。 ここに書いてあるのは、鰹節とコーヒーで分かっていることである。

メチオナール食材◆2
茹でたジャガイモ様
茹でたジャガイモ ±振れる 10 µg/L清酒中の閾値。研究所の貯蔵酒(0〜35年)での濃度は 〜17 µg/L で、OAVは ~1.7 確立
生まれ方とメモ

アミノ酸(メチオニン)が分解して生じる。硫黄を含むアルデヒド

清酒では麹のにおいに寄与し、椎茸では最も高いFD factorを示す成分のひとつ。★「茹でたジャガイモ様」という表現の出典は椎茸側の研究であり、清酒の資料はこの表現を使っていない。

揮発性脂肪酸類別の微生物が「作ってしまう」

「入ってほしくない微生物が残していく、チーズと汗の香り」——欠点として管理される側。

成分香りの表現効き方閾値確からしさ
酪酸◆1
銀杏・チーズ様
銀杏・チーズ 欠点 4.3 mg/L清酒中の弁別閾値。清酒中の含有量は資料上「不明」とされている 確立
生まれ方とメモ

火落菌の汚染、または柿渋からの移行による

★ この地図の欠点香のなかでは閾値がかなり高い部類(mg/L 単位)。 DMTSのように微量で効く成分とは効き方が違い、はっきり増えて初めて出てくる。

イソ吉草酸◆1
納豆のような汗くさいにおい
納豆・汗・チーズ 欠点 0.41 mg/L清酒中の弁別閾値。清酒中の含有量は資料上「不明」とされている 確立
生まれ方とメモ

麹が枯草菌に汚染されることで生じる

揮発性アミン類原料の成分が「変化する」

「魚が時間とともに手放していく、あの生臭さ」——酸を加えると鼻に抜けなくなる。

成分香りの表現効き方閾値確からしさ
トリメチルアミン食材◆1
魚の生臭さ
生臭い 欠点 確立
生まれ方とメモ

魚がもともと持っているTMAOが、時間の経過とともに分解して生じる

弱いアルカリ性なので、酸と出会うと塩の形になって揮発しなくなる。レモンを搾る・酸の高い酒を合わせるという行為が効くのはこのため。海水魚・深海魚ほど元の量が多く、淡水魚は少ない。★ 生臭さはこれ一種類ではない。脂質酸化系は酸では止まらない。

硫黄系オフフレーバー原料の成分が「変化する」

「硫黄を持つアミノ酸が壊れるときに出てくる、卵と玉ねぎとたくあんのにおい」——ごく微量で効く。

成分香りの表現効き方閾値確からしさ
硫化水素◆1
ゆで卵様
ゆで卵 欠点 31 µg/L清酒中の弁別閾値。清酒中の含有量は資料上「不明」とされている 確立
生まれ方とメモ

発酵中に酵母が硫黄を含むアミノ酸を代謝する過程で生じる(醪の前〜中期)。また、熱によってシステイン・シスチンが分解しても生じる

棚の酒の欠点として数える前に一度立ち止まる成分。 もろみや火入れしたばかりの清酒では感じられるが、 市販製品ではほとんど感じないとされている。

メルカプタン類◆1
玉ねぎ様
玉ねぎ
個別の分子名ではなく、低分子チオールの総称。出典が総称で記述しているため、そのまま総称で持っている。
欠点 0.41 µg/L清酒中の弁別閾値。清酒中の含有量は 0–2 µg/L(メチルメルカプタン) 確立
生まれ方とメモ

熱や光によってメチオニンが分解して生じる。日光臭(ひなた香)の構成成分

かたちとしては、これこそがチオール(硫黄と水素の組=SH基を持つ)。 それでもトロピカル香の 3MH・4MMP とは別の家系に置いている。 分かれ目は硫黄の有無ではなく、生まれ方のほう——あちらは原料に眠る前駆体を 酵母が切り出すのに対し、こちらはメチオニンが熱と光で壊れて出てくる。

⚠️ 標準見本はエチルメルカプタンだが、清酒中で主なのはメチルメルカプタンとされる。

DMS食材◆2
青海苔・コーンスープ様
青海苔・コーンスープ ±振れる 6.7 µg/L清酒中の弁別閾値。清酒中の含有量は 0–44 µg/L 確立
生まれ方とメモ

古米を燻蒸したときに生じる成分を含むタンパク質が、分解して生じる

清酒では古米酒臭として欠点側に置かれる。一方で魚臭の構成成分としても挙げられ、 鰹節では燻乾工程を通じてほとんど変化しないと報告されている。酒と食材の両側に出る

⚠️ 時代背景に注意。 清酒での由来として資料が挙げているのは、 古米をメチルブロマイドで燻蒸することで生じる成分の分解である。 そのメチルブロマイドの使用は、現在の日本では禁止されている。 つまり、いま棚にある酒でこの経路が働くことはない。 古い資料の記述を、そのまま現在の酒に当てはめられない例。

DMTS◆2
たくあん漬け様
たくあん漬け・玉ねぎ 欠点 0.18 µg/L清酒中の弁別閾値。清酒中の含有量は 0–1.1 µg/L と、閾値のすぐ上に収まる幅しかない 確立
生まれ方とメモ

貯蔵中に、酵母が仕込み中に残していった前駆体が分解して生じる

★ 一般的な市販清酒にみられる老香の主役。老香のある清酒の65%、長期熟成酒の93%が 閾値以上。閾値が極端に低いため、ごくわずかで印象を決める。

★ 前駆体はDMTS-P1と呼ばれる物質で、酵母がメチオニンを作り直す経路の途中から 生まれると報告されている。つまり老香のタネは、仕込みの時点ですでに酒の中にある。 貯蔵はそれを解くだけ。

表の読み方 効き方は +(あることで香りを作る)/−(増えると欠点になる)/±(濃度しだいで表情が変わる)。閾値は「これ以上ないと感じ取れない最低ライン」で、「—」は出典を確定できていないものです。確からしさは根拠の強さで、示唆にとどまる話を確立した知見と同じ顔で並べないための印です。同じ分子が、置かれた場所によって好ましい香りにも欠点にもなることがあります。

ここまでは「この香りはどこから来たか」——造りの話でした。ここから先は「口の中で何が起きるか」——食卓の話です。別の地図に入ります。

六 ・ ペアリング

口の中で起きること

酒と料理が出会うと、どちらにも無かった香りが生まれたり、あったはずの香りが消えたりします。ここでは香りに限らず、酸・辛味・うま味まで含めて、その仕組みを並べます。

前の章との違い 根拠の質が変わります。 前の章は「測れば確かめられる」話でしたが、ここは人がどう感じるかの話で、確かめるには官能試験が要ります。各項目の強度A/B/Cがその目安です。Aは現象が決着しているもの、Cは示唆にとどまるもの。なお強度は「その現象が起きるか」についてであって、おいしいかどうかではありません

仕組みどうしのつながり

大きい粒が仕組み(色は 緑=良い方向/琥珀=条件しだい/臙脂=気をつけたい)。小さい白い粒が、それを発火させる条件です。ひとつの条件が複数の仕組みに効いていることが、線の集まりとして見えます。粒を押すと下の説明に飛びます。

良い方向に働く 条件しだいで振れる 気をつけたい 条件(属性) 成分
線の意味 発火させるこれが揃うと起きる 抑えるこれがあると起きにくい 粒に触れると、その仕組みに関わる条件だけが浮かびます

良い方向に働く7

強度A 呈味相互作用

うま味の相乗は、系統の違う二つが揃ったときに起きる。 チーズと日本酒のように、片側だけでは起きない

うま味が単独の和よりも強く感じられる。グルタミン酸の検知閾値そのものが下がるため、 味が「伸びる」「途切れない」と表現される持続感が生まれる。

見分ける手がかり
  • 日本酒は一般にワインよりアミノ酸・有機酸が桁違いに多い
  • 純米・生酛系はアミノ酸度が高い傾向
  • 魚介は死後のATP分解でイノシン酸が蓄積する(K値の裏側の経路)
  • 熟成させた調味料(味噌・醤油・豆腐よう)はアミノ酸が豊富
  • 節類・昆布・干し椎茸は呈味成分の塊
  • 効きの順位は グアニル酸 ≧ イノシン酸 > アデニル酸 > ウリジル酸。 干し椎茸(グアニル酸)は節類(イノシン酸)と同等以上に効く
  • アミノ酸側だけが揃っている組み合わせ(チーズ×日本酒、味噌×日本酒など)では この機序は発火しない。核酸側の担い手が一皿に要る
当てはまりやすいもの
純米酒生酛・山廃熟成酒発酵調味料
関わる成分
グルタミン酸イノシン酸グアニル酸アデニル酸コハク酸

相乗が起きること自体は確立しているが、 「相乗が起きる=おいしい」とは限らない。うま味が強く出すぎて重くなる組み合わせもある。強度Aは相乗という現象に対してであり、嗜好の予測に対してではない。

強度B 揮発性塩基

レモンを搾るのと、酸の高い白を合わせるのは、化学的に同じことをしている

アミン由来の生臭さが抑えられる。TMAが酸で中和されて塩の形になり、揮発しなくなるため鼻に抜けなくなる

見分ける手がかり
  • 冷涼産地・早摘みの辛口白(シャブリ、辛口リースリング)
  • シェリーのフィノ
  • 柑橘を搾る、酢を使う調理
  • 沖縄ならシークヮーサー
  • ★ 酸だけでなく「酸を支えるもの」があるか。アミノ酸度の高い酒・発酵調味料・出汁は 緩衝能が高い。逆に精製された酸だけを効かせた状態は、酸度が高くても続きにくい
  • 魚側:海水魚・深海魚はTMAO含量が高い。淡水魚は低い
  • 魚側:時間が経つほどTMAOがTMAに分解されて臭う
当てはまりやすいもの
辛口白ワインシェリー(フィノ)柑橘系の食中酒
関わる成分

「酸が高ければ必ず生臭くならない」とは言えない。鉄触媒による脂質酸化は別経路であり、 酸では止まらない。生臭さには少なくとも2系統あることを混同しない。

強度B 質感・物理

チーズと赤ワインで起きているのは、味が増えることではなく、 渋味の角が取れることだと考えられている

渋味が弱まり、口当たりが滑らかになる。ワインのフェノールが唾液タンパクを沈殿させることで渋味が立つが、 チーズのカゼインと脂肪が先にフェノールと結合し、 唾液タンパクまで届く量を減らすため。★ 起きているのは足し算ではなく引き算。何かが増えるのではなく、角が取れる

見分ける手がかり
  • セミハード・ハードチーズは脂肪もカゼインも高い。in vitro では セミハードが最良だった(Rinaldi ら 2024)
  • ⚠️ フレッシュチーズは水分が多く、どちらも相対的に薄い
  • ワイン側:赤、長期マセラシオンのオレンジ。白・ロゼでは発火しにくい
  • ★ 順番が効く。チーズを先に口に入れた条件で測られている (Madrigal-Galan & Heymann 2006/Bastian ら 2010 とも「チーズ先行」)
  • ★ 口中で混ぜるほうが、逐次で味わうより変化が大きいという報告がある (Nygren ら 2002。ただし未検証)
  • ⚠️ フェノールの差では説明できない。Rinaldi ら 2024 の共分散分析では フェノール含量の差はペアリングに有意な影響を与えなかった(p>0.05)。 量ではなく、受け手側に何があるかで決まる
当てはまりやすいもの
自然派ワインチーズ
関わる成分
縮合タンニンカゼイン

★★ この機序は「合う」を説明しない。 渋味が下がることと、 その組み合わせが好ましいことは別の主張である。Bastian ら 2010 では、チーズを最も強く圧倒したワインが 最も好まれなかった組み合わせだった。

強度B 呈味相互作用

熟成チーズと日本酒に相乗効果が起きにくいのは確かだが、 味を太くする経路は別にもあると考えられている

それ自体は味を持たない成分が、共存する甘味・塩味・うま味を強める。「濃厚さ」「口の中での広がり」「あとに残る感じ」として知覚され、 味そのものが増えたというより、味の輪郭が太くなったように感じられる。うま味相乗(T1R1/T1R3)とは別の受容体を通る現象なので、 アミノ酸側どうしの組み合わせでも起こりうる

見分ける手がかり
  • 青カビチーズは、調べられたチーズのなかで飛び抜けて多い(Toelstede & Hofmann 2009)
  • 青カビそのものが作る。カビの働いた期間が長いほど期待できる
  • 熟成期間の長いハードチーズ、長期熟成の発酵調味料
  • 酵母と長く接触させた酒(澱と寝かせたもの)
  • ⚠️ フレッシュチーズ・短期熟成のものでは期待しにくい
  • ⚠️ 蒸留酒には基本的に持ち込まれない
当てはまりやすいもの
熟成酒純米酒生酛・山廃発酵調味料
関わる成分
γ-グルタミルペプチドグルタチオンγ-Glu-Val-Gly

★ 「コク味」は日本語として日常語に見えるが、 ここで言うコク味は特定の受容体を介した現象を指す学術用語であり、 一般に言う「コクがある」(脂の量・とろみ・味の濃さ)とは別物。文章で使うときは、読者が後者の意味で受け取ることを前提に書く。★ 健康効果には触れない。

強度B 加熱・焙焼

長く寝かせた酒と、焦がした味噌や醤油は、同じ道筋でできた香りを持っている

酒の甘い熟成香と、料理側の焦がし香・発酵香が切れ目なくつながって感じられる。どこまでが酒でどこからが料理か分かれにくくなる方向の変化

見分ける手がかり
  • ★ 貯蔵5年以上の長期熟成酒。市販の一般的な清酒では成立しにくい
  • 色調が淡黄色から褐色に寄っているもの
  • 樽貯蔵をうたうもの
  • 料理側:焦がし味噌、焼き醤油、長期熟成味噌、焙煎した穀物・胡麻、黒糖
  • 料理側:生の味噌より焼いた味噌、煮た醤油より焦がした醤油の方が橋が増える
  • バニラ様の香りは常温貯蔵で10年を超える域の話。数年の熟成では立たない
当てはまりやすいもの
長期熟成清酒(貯蔵5年以上)古酒樽貯蔵酒熟成した発酵調味料

★ 「熟成酒」と「老香のある酒」を混同しない。前者は狙って造られたもの、 後者は管理の結果として変化したもので、香りの構成も違う。香りが連続することを「合う」と言い換えない。

強度C 香気ブリッジ

麹とキノコは同じ香りの成分を持っている。ただし同じ成分が生臭さにもなる

麹の香りが立つ酒と椎茸を並べたとき、キノコ様の香りが どちらのものか分かれずに感じられる。うま味の下支えも同時に働く

見分ける手がかり
  • 麹の香りがはっきり立つ純米酒。生酛・山廃・無濾過に多い
  • 活性炭処理の多い酒では成立しにくい
  • 料理側:椎茸。干し椎茸はうま味成分も高く、二重の接点を持つ
  • ★ 料理側:強く焼く・油を多く使うと椎茸側の香りの組成が変わる。 酒蒸し・白和え・薄い味噌焼きなど、覆いにくい調理の方が接点が残りやすい
  • 沖縄なら椎茸と島豆腐の白和えが試しやすい
当てはまりやすいもの
麹香のある純米酒生酛・山廃純米無濾過純米

★ 麹香の強い酒と脂の乗った青魚を合わせたときに、この成分群が キノコ側ではなく生臭さ側に振れる可能性がある。椎茸の調理法で組成が変わるため、「椎茸なら何でも」と書かない。

強度C 香気ブリッジ

燻したような香りの酒には、たいてい甘い脂の香りも隠れている

燻したような香りを持つ酒では、鰹節や燻製の煙の香りと方向がそろう。同じ酒が持つ甘い脂肪香の側は、脂の多い肉や桃・ココナッツ様の食材と重なる。ひとつの酒で二方向の接点を持ちうる

見分ける手がかり
  • ★ 燻製・丁子・カレーのような香りを感じる純米酒。全出品酒の5〜10%に指摘がある程度で、 多数派ではない
  • ★ その香りを感じる酒は、ココナッツ・桃・バニラ様の甘い香りも併せ持つ傾向がある。 片方を手がかりにもう片方を推定できる
  • 樽貯蔵をうたうもの(樽由来のフェノール化合物が別経路で入る)
  • 料理側:鰹節、燻製肉・燻製魚、焙煎コーヒー、炭火焼き
  • 料理側:脂の甘さが立つ肉、桃・アンズ、ココナッツを使った料理
  • 酒質の設計ではなく麹に由来するため、同じ蔵でも年によって変わりうる
当てはまりやすいもの
燻製様・香辛料様の香りを感じる純米酒樽貯蔵酒ココナッツ・桃を思わせる甘い香りのある清酒

醸造の評価軸では逆である。★ 生酛・山廃で特定のラクトンが多いという記述の出典は確認できていない。そのため、造りの種類と結びつけては書けない。

条件しだいで振れる3

強度B 刺激・辛味

辛いものは香りを覆い隠すのではなく、むしろ香りを強く感じさせるらしい

唐辛子の辛味があると、実際に立ちのぼる香りの量は変わらないのに、 香りを強く感じるようになる。良い香りも欠点も、同じ方向に増幅される

見分ける手がかり
  • 島唐辛子を使った料理、コーレーグースを添える食べ方
  • スパイスを効かせた料理全般
  • 辛さの立ち上がりが早い料理ほど影響が出やすいと考えられる
  • 酒側:この機序は酒の属性を問わない。何を合わせても効く
  • ★ 酒側に欠点があるときは、それも一緒に強く感じられる可能性がある
当てはまりやすいもの
島唐辛子を使う料理と合わせる場面全般コーレーグースを添える食べ方スパイス料理と日本酒・泡盛
関わる成分
カプサイシン

★ エタノール濃度との関係は元研究が扱っていない。「高アルコールだと辛く感じる」という通説をこの文献で裏づけない。元研究は水溶液での結果であり、料理と酒の系での追試は確認できていない。

強度B 発酵由来

同じ豆でも、浅く煎ると発酵の個性が、深く煎ると焙煎の個性が前に出やすい

発酵で付いた果実様・花様の香りの違いが、焙煎が深くなるほど読み取りにくくなり、 代わりに焙煎そのものの香ばしさが前に出る。同じ豆でも、浅く煎れば発酵の個性が、深く煎れば焙煎の個性が主語になる。★ 発酵由来の成分が焙煎で完全に消えるわけではない—— 酵母を接種した豆では、焙煎後もエステル類が対照より有意に高いまま残った。消えるのではなく、相対的に埋もれる。

見分ける手がかり
  • 焙煎度の表示(ライト/ミディアム/シティ/フルシティ/フレンチ 等)。 このDBでは珍しく、店頭で確実に読める手がかりが最初から表示されている
  • 豆の色。浅いほど明るい茶色、深いほど黒に寄る
  • 豆の表面に油が浮いているものは深煎り側
  • 精製の表示。「アナエロビック」「嫌気発酵」「SIAF」「〇〇酵母」をうたうものは 発酵由来香気が高い側にあると見てよい
  • 売り文句。酸味・フルーツを前に出しているものは浅煎り側、 苦味・コク・チョコレートを前に出しているものは深煎り側
  • ⚠️ 「ナチュラル(非水洗)」は精製方式であって発酵の強さの表示ではない。 嫌気・スターターの表示とは別のもの
  • ★★ 「発酵をうたう × 浅煎り」は、いちばん評価が割れる組み合わせ。 一般消費者85名の試験で、この組み合わせだけが好意度が低く 否定的な感情と結びついた(Wu ら 2024)。 すすめるなら、好みが分かれる前提で出したほうがよい
当てはまりやすいもの
スペシャルティコーヒー特殊発酵をうたうコーヒー(アナエロビック・SIAF・酵母接種)焙煎度の表示があるコーヒー

★★ コーヒーは酒ではない。 ここで確かめられているのは全部コーヒーの研究であり、 同じことが清酒・ワインで起きているとは言えない。★ 「浅煎りが良い」「深煎りが良い」という話ではない。

強度C 呈味相互作用

香りは、鼻をつまんでいても味の感じ方を変えているのかもしれない

香りの成分が、鼻をつまんでいても——つまり香りとして意識されなくても—— うま味の感じ方を変えうる。従来「香りが味を変えるのは脳が統合しているから」と説明されてきたが、 受容体そのものに働きかけている可能性が示されている。増強側の報告が主だが、同じ成分が抑制側に回る条件も報告されている

見分ける手がかり
  • 燗をつけると、冷やのときには立たなかった香りが出てくる
  • 熟成の進んだ酒、長期貯蔵の酒
  • だし、焼いた肉、燻製、熟成チーズは、同系統の香りを持ち込む側
  • ⚠️ 冷やした吟醸酒のように、果実様の香りが主役の酒では手がかりにならない
当てはまりやすいもの
熟成酒純米酒生酛・山廃

元研究は温度も酒も扱っていない。★ 「香りが味を変える」こと自体は昔から知られており、 新しいのは「脳の統合だけでは説明できないらしい」という部分。★ 増強は良いこととは限らない。

気をつけたい3

強度A 酸化・劣化

生臭さは魚のせいではなく、合わせた後に生まれてくる

魚油様・生臭い後味。飲んだ直後ではなく飲み込んだ後に立ち上がる

見分ける手がかり
  • ★★ 大前提:造りやラベルから鉄量は当てられない。 これは原著者の立場である。 「鉄の濃度はワインの種類や生産国に関係がないため、ワインのボトルを開封する ことなしに、ワインの鉄含有量を予測することは困難である」(田村2010 第8頁)。 以下はすべて傾向であって判定ではない
  • ★ 赤ワインの長期のかもし(マセラシオン)。ブドウ由来の鉄が増える
  • 金属製の醸造装置(ポンプ・配管・タンク・樽)との長時間接触
  • 収穫時の砂埃、病害虫防除の薬剤による混入
  • ステンレスタンクの普及にともない、ワイン中の鉄含有量は低下してきた
  • 発酵中に酵母が鉄を消費する
  • 日本酒は一般に鉄含量が低い(鉄は醸造上の大敵として管理されるため)
  • 栓が、いまのところ唯一の店頭で見える価数の手がかり。 スクリューキャップ・技術コルク・プラスチック栓の瓶詰めワインでは 鉄の約97%がFe2+だった。天然コルクとバッグインボックスではFe2+の割合が低い (Danilewicz 2018)
  • ⚠️ ただし割合と量は別。Fe2+の割合が下がっても、総鉄が多ければ Fe2+の絶対量は増えうる。効くのは濃度のほう。天然コルク=安全とは読まない
  • 魚介側:脂の乗った青魚は燃料が多い。イカ・貝類・白身魚は少ない
  • ★ もとの脂肪酸で臭いの方向が変わる。アラキドン酸が酸化すると金属様・レバー様、 リノレン酸が酸化すると魚臭になる(Im ら 2004。ただし試料は豚レバー)
当てはまりやすいもの
自然派白ワイン低SO2ロゼオレンジワイン長期マセラシオンの赤ワイン

元研究の試験系は干し貝柱。鉄を除去する処理(辻ら2012)は醸造側の技術であり、 店頭やペアリングで使える手法ではない。混同しない。

強度B 酸化・劣化

昨日の煮込みが今ひとつなのは、加熱で出た鉄が脂を酸化させているらしい

加熱調理した肉を置いたり温め直したときに出る、古い・段ボール様・金属的な風味。食肉業界では「ワームドオーバーフレーバー(WOF)」と呼ぶ。冷蔵(4℃)で48時間以内に現れることが多く、再加熱で特に顕著になる

見分ける手がかり
  • 加熱調理してから時間が経った肉料理、温め直した肉
  • 赤身肉・鶏もも肉・レバーなど、鉄と脂の両方が多い部位
  • 作り置きの惣菜、前日の煮込み
  • 生のまま供する料理では起きない
当てはまりやすいもの
サラミ生ハムチーズと合わせる加工肉

ワイン側の鉄による脂質酸化と加算的に働くかは未確認。「再加熱した肉に鉄の多いワインは二重に悪い」とはまだ書けない。

強度B 香気ブリッジ

濃い料理なら隠せる、とは限らない。同じ方向の香りは足し算になりやすい

酒の側にある欠点方向の香りが、同じ方向の香りを持つ料理と並ぶことで 隠れずに前に出てくる。「濃い料理で隠せる」という期待が外れる形で現れる

見分ける手がかり
  • 直射日光や高温にさらされた形跡のある酒(着色が進んでいる)
  • 開栓してから日が経った酒
  • 常温の棚に長く置かれていた酒
  • 料理側:納豆、ぬか漬け・たくあん、熟成チーズ、銀杏、加熱したキャベツ、玉ねぎ料理
  • 閾値が極端に低い成分が関わるため、「わずかに感じる」段階でも影響が出る
  • 酒質そのものより保管・流通の状態で決まる。銘柄では判断できない
当てはまりやすいもの
開栓後に時間が経った酒全般常温流通の生酒光にさらされた瓶

★ 欠点の有無は保管・流通の状態で決まる。★ 「この酒は劣化している」と決めつけない。開栓直後と時間が経ってからでも変わる。